Our Story's Park(7)
-Menu-
サイト紹介
サイトマップ
ニュース
作品一覧
OSP資料館
メール
ブログ
OSW ChanneL
rular channel
OSW THEATER


「デスティニー・ダークネス」


 デスティニー・ダークネス (1)
 
Overcome Destiny!

 序章 クレイア

 ここは、ある王国クレイアの、1つの町フェイス。
 クレイアは、モルディスという世界の中に位置する、小さな国である。
 この物語は、フェイスに住む13歳の少年メオの物語から始まる──。

 

 第1章 ある噂

 フェイスにいる限り贅沢な暮らしはできない、というのがこの町の子どもたち全員一致の意見だった。
 もちろん、メオもその意見を持っている。
 もともとクレイアもどちらかといえば貧しい国なのだが、フェイスはそれに輪をかけてさらに貧しかった。
 隣町のゲインはそこそこ発展していたため、そこに働きに行く人も多かった。

 学校は、3日に1回、それも午前中だけ。
 勉強嫌いな人から見たら、理想の暮らしだろう。
 しかし、残りの2日は子どもも働いているため、遊んでばかりいられるわけではなかった。
 むしろ、1日中仕事のあるフェイスの方が、間違いなく過酷で、大変だった。
 そこまでしてもお金が不足するのだから、もし働くのが嫌いな子どもがいたら、そこはまさしく地獄だ。

 残念な事に、メオはその「働くのが嫌いな子」だった。
 メオは、フェイスというこの町が大嫌いだった。
 働くのが嫌いで、遊んでいる方が好きなメオにとって、フェイスという子どもでも働かなくてはならない町を嫌うのは、当然といえば当然だろう。
 メオも最初のうちは仕方ないと諦めていたが、少し前にある噂を友達から聞かされた時に、その考えは捨てられた。
「なあメオ、知ってるか?」
「何を?」
「実はな、クレイアの王様が、2ヶ月くらい前に命令を出したんだ」
「どんな命令だ?」
「国の境界線辺りにある北の洞窟に入って、中にある秘宝を取ってくることのできる勇者を探している」
 クレイアの王は、おそらくクレイアで唯一貧乏でない者だった。少し前までは国民の事を考えている優秀な王だったが、最近は自分勝手ばかりしていて、全く信頼されていなかった。
「本当か?」
「そして、もしその秘宝を取ってきた者には、一生かかっても使い切れないような莫大な財産を褒美として与える」
「ふうん……で?」
「いや、別に。それより、公園で遊ぼうぜ」
 今日は仕事の無い日だったので、メオは公園に行った。
 メオはその話をどうでもいい話のように受け流したが、内心それをチャンスだと考えていた。
 もしその莫大な財産をもらえたら、このフェイスで働く必要もなくなるし、貧しい村で一生を送る事もない──。
 メオは、クレイアの王と所へ行くと、心を決めていた。

 メオは、急いで身じたくを整えた。
 大きな緑色のリュックの中に、森でもいだ果物、灯りのともるランプ、救急箱などを入れられるだけ入れた。
 気に入っていた、丈夫そうな赤いシャツと黒い半ズボンを、丁寧にたたんでリュックの隣において、メオは全部まとめて押入れに入れた。
 メオは、旅立つ日を、1週間後に決めた。
 メオの、14歳の誕生日だ。

 旅立つ日の前日は、学校の日だった。
 1時間目は、歴史の授業だった。
「──こうして、勇者コレージェは魔王ダークネスからこの世界を守ったのです。……メオ!聞いてますか?」
 メオは、聞いていなかった。明日の事を考えて、ぼんやりしていたのだ。
「えーと……聞いてません」
「しっかり聞いていなさい。でないと、放課後の補習に出てもらいますよ」
 メオとしては、それだけはどうしても避けたかった。
 給食の後すぐに学校は終わる。
 メオは、荷物の最終点検をしようとしていた。
 2時間目からはしっかり授業を聞き、何とかメオは補習を免れた。
 給食を食べ終わって学校を出たとき、メオは誰かに呼び止められた。
 振り向いてみると、そこにいたのはクラスメートのエミーだった。
「何かあったのか?」
 メオが聞いた。
「それはこっちのセリフよ」
 エミーが答えた。
「この1週間、授業はずっと上の空、いつも嫌がってた仕事も鼻歌を歌いながらこなす。それでもあなたを怪しいと思わないと、あなたは思うのかしら?」
 エミーはクラス一お節介な女の子だった。
 メオと違って、エミーはフェイスの事が好きだったし、貧乏である事や仕事ばかりしなければならない事をあまり悩んでもいなかった。
「別に、お前には関係ないだろう?」
「そんな事ないわ。で、何がしたいの?」
「教える必要が無いね」
「どうせあなたの事だから……境界線の近くの洞窟の秘宝を取って褒美をもらおう、とか考えてるんじゃないかしら?」
「………」
「やめといたら?メオは聞いてないかもしれないけど、秘宝を取りに行ってもうすでに王国の兵士が100人ほど命を落としたとか……第一、ここもいずれ発展するだろうし、もしダメなら私が絶対に発展させてみせる。だからあなたまでしぬ必要はないわ」
 エミーの夢は、フェイスを発展させる事だった。
「エミーなら、この町を発展させるかもしれないな。でも、おれは今すぐこの町を出たい。だから、明日にはこの町を出る」
「……なら、私も行くわ」
「何言ってるんだ?」
「メオ1人だと確実に死んじゃうじゃない。私が行った方が、まだ成功の確率はあるわ」
「でも、お前はこの町にいたいんじゃないのか?」
「私は、メオと一緒にこの町を発展させたいの」
 メオは、これ以上何を言っても無駄だろうと思った。
 エミーは、とても頑固だったからだ。
 それに、たとえ褒美の半分でももらえるなら、それで十分だ。

 メオとエミーは、次の日の日が暮れる直前に町を出た。
 幸い、出発した時には誰にも見つからなかった。
 2人は夜が明ける前に隣町ゲインを目指した。
 王国の首都レイアに行くには、ゲインの街外れにある森を抜けていくのが一番早かったからだ。
 ただでさえ夜寝られない上に、追いかけてくる人はいないかと神経を集中させていたため、ゲインに着いた頃には2人ともくたくたに疲れていた。
「ねえ……宿屋を探して、今日は寝ましょうよ」
 そんなに急ぐ旅でもないので、メオは認める事にした。

 意外に宿屋は混んでいて、空いている宿屋を見つけた時には、すでに夕方になっていた。
 夕食を食べ、2人は部屋の中でぐっすり眠った。
 ここで眠った事を後悔する事になるとは、夢にも思わずに……。

 

 第2章 再び、旅立ち

 目が覚めると、メオは自分の家にいた。
 一瞬安心したが、すぐに青ざめた。
 メオは、確かに宿屋に泊まっていたはずだ。
 急いでリビングに出てみると、メオの母は鋭い目で睨んできた。
「あのさ……」
「何でここにいるか、って聞きたいんでしょう?私が近くの町を探し回って、あなたとエミーの名前を宿屋に泊まっている人のリストの中から見つけたのよ。さあ、エミーの家に行きますよ。話はそこでしてもらうわ」
 メオは、偽名を使わなかった事を後悔した。

 メオは何も喋らないようにしようと決めていたが、エミーがどうするか全くわからなかった。
 最悪、エミーが何もかも白状してしまうのではないか。
 そう考えているうちに、エミーの家に到着した。
 メオの母が聞いてきた。
「どこへ行ってたの?」
 エミーが口を開いた。
 やっぱり……心配したとおりだ。メオはそう思った。
 ところが、エミーが話し始めたのは、予想と全く違う事だった。
「私、メオと一緒に買い物に行ってたの……ほら、昨日はメオの誕生日だったでしょ?だから、プレゼントを買おうと思ったんだけど、何がいいかわからなかったから、メオを連れて行ったの。そしたら、すぐに日が暮れちゃって、帰る時間も無かったから、あそこの宿を取って、寝てたの……」
 メオは、全く信じられなかったけど、さすがにこんな嘘では騙されないだろうと思った。だから、この後の親たちの言葉の方が、もっと信じられなかった。
「あら、そうなの。だったら、無理矢理連れ戻しちゃって、悪い事したわね」
 エミーも、たまには役に立つんだな。メオはそう思った。

 その日は学校も仕事も無かったため、メオは一日中部屋でおとなしくしていた。
 だが、心の中では次の旅立ちの計画を練っていた。
 そして、次の日。
 メオは学校で、エミーに話しかけられた。
「昨日はありがと」
「どういたしまして。それより、今日の夜にしましょうよ」
「何をだ?」
「とぼけないでよ。旅に出るんでしょ?」
「ああ、そうだな」
「用意は、あのままでいいわね。それから……」
「ちょっと待った。そんなに早く事を進めないでほしいな。第一、親たちはまだ昨日の事件を忘れちゃいない……」
「だからこそチャンスなのよ。親たちは、さすがに昨日捕まったのに、またすぐ逃げ出すとは思わないでしょ?だからその裏をかくのよ。それには、なるべく早く出発した方がいいわ」
 エミーの言う通りだ。
 そしてその日の夜、寝静まった町外れで、2人は落ち合った。
「いい?またゲインに泊まると危ないから、そのまま森へ突っ切って、そこで一回休むわよ」
「ああ……」
 計画したのはメオなのに、いつの間にかエミーがリーダーになっていた。

 2人は、ドキドキしながらゲインを目指した。
 前回の失敗もあったので、ゲインでは他の施設に目もくれず、一直線に森を目指すようにした。
 しかし、お昼が近づくに連れて、やはり体力は限界に近づいていた。
「ねえ……」
 エミーが口を開いた。
「疲れたし、ここでご飯食べていかない?」
 メオも賛成した。
 昨日の昼から何も食べていなかったし、このまま森に行っても食べる物はほとんど無いからだ。
 レストランの中で、エミーが話しかけてきた。
「ねえ……これから、どうするの?」
「どうするって、そりゃ、レイアに行って、王様におれたちの事を知ってもらって、洞窟に入って、秘宝を手に入れて、王様に渡して……」
「ふうん。……そう簡単に、うまく行くとは思えないけど……私は、メオを手伝うわ、最後まで」
 その言葉には、エミーの心からの決意が感じ取れた。

 昼食を食べ終わるとすぐに、2人は森に入った。
 ずんずん進んでいくメオに対して、エミーはもうクタクタだった。
「ねえ……ちょっと休みましょうよ」
「ダメだ」
 森を抜けるまでは、まだ安心できない。まだ、十分追ってこれる場所だからだ。
 それに、この森を抜けると大都市レイアに着く。レイアまで行くとは誰も思わないだろうし、宿屋もたくさんあるはずだ。
 森の中で休むのは、あまり懸命な策ではない。
「急げば、3日くらいでレイアに着ける。それまでは休む暇なんか無い」
「何言ってるのよ、急ぐ旅でも無いくせに。少しくらい休んだからって秘宝は無くならないわよ」
 そういって、エミーは近くの木のつけ根に寝転がった。
 5秒と経たないうちに、スヤスヤと寝息が聞こえた。
「……よっぽど眠かったんだな」
 メオも寝ようとしたが、ふいに近くの茂みからガサガサ音がした。
 メオは急いでエミーを起こした。
「……何よ、もう少し寝てても……」
 エミーが急に口ごもった。ガサガサという音を聞き取ったのだ。
 茂みから黒い部分が垣間見える。
「あれは……」
 危険を感じた2人は、慎重にその茂みから離れていった。
 10メートルくらい離れて、安心したエミーは近くに座り込んだ。
 それが間違いだった。
 座った場所には先の尖った小石があり、思わずエミーは悲鳴をあげた。
 全身黒い毛に覆われた獣が、飛び掛ってきた。
 あれは……ブラックパンサーだ!

 

 第3章 追いかけっこ

 もしかしたら、ブラックパンサーはメオたちではなく、他の獲物を狙っているのかもしれない。メオは一瞬、そんな甘い期待を抱いた。
 しかし、その希望はすぐに消えた。
 舌なめずりをしながらうなるブラックパンサーの鋭い目は、エミーを真っすぐに見つめている。
 メオがエミーに囁いた。
「ブラックパンサーは夜行性だ。今は力が出ないはずだ。逃げられる」
 しかし、エミーはすぐにその考えを否定した。
「この森は木が生い茂っているから、日の光は入らないし、夜行性の動物でも普通に過ごせるわ。それよりも……」
 エミーがどんなアイデアを思いついていたのかは、わからずじまいだった。ブラックパンサーが、突然エミーに襲い掛かってきたからだ。
 エミーが間一髪のところで横っ飛びになって、ブラックパンサーは勢い余って近くの木に激突した。
「早く!」
 エミーがメオを急かした。
 2人は全速力で逃げるが、すぐに追いつかれるだろう。
 2人はジグザグに移動して何とかブラックパンサーを撒き、切り株の立ち並ぶ空き地に辿り着いた。音を立てないように(エミーは尖った小石が無いかどうかも)気をつけながら座り込んだ。
「もし、あいつに群れがいたら……」
「それは無いわね。ブラックパンサーは群れを作らないから」
 メオは少しホッとしたが、気は抜けない。いくら撒いたとはいえ、少なくとも1頭はメオたちを追うブラックパンサーがいるし、この森に他にブラックパンサーがいないという保証も無い。
「木の上に避難するのはどうだ?」
「ブラックパンサーは木の上で生活してるのよ?木登りは得意だわ」
「だったら……」
「急いでレイアに向かう。それしかないでしょうね」
 2人が立ち上がったその時、メオがある事に気がついた。
「そういえば……この切り株……誰が切ったんだ……?」
「……そういえば……」
 その瞬間、空き地に、1つの人影が現れた。
 黒い服、黒いマント、黒いフード。全身黒ずくめだ。
 黒いストッキングのようなものに覆われた腕には、犬を連れて歩く時に使うようなリードがつけられている。
 リードに繋がれているのは……ブラックパンサーだ!それも、10匹もいる!
 その後ろを、さっきのブラックパンサーがついてきた。
「こいつが教えてくれなければ、私はお前たちを見逃すところだった」
 しわがれ声で、黒ずくめの人物が言った。男のようだ。
「あなたは誰ですか?」
 エミーが聞いたが、その男は質問を無視して続けた。
「お前たちは、この神聖なる森に侵入し、しかもこの聖なる地にずかずかと入り込み、そこでくつろいでおった」
 この人物のいう聖なる地というのは、この空き地の事らしい。
「その報いは、命によって受けるべきものだ。さすれば、暗闇の神の生け贄として、暗闇の神はお前たちの存在を認めるであろう」
 暗闇の神、というのが何かわからなかったが、1つだけわかる事があった。この老人がメオとエミーをころそうとしているという事だ。
 メオとエミーが呆然としているうちに、男はリードから一本一本紐を外し始めた。
「エミー……」
 メオが呼びかけた。
「いち、にの、さんで逃げるんだ」
「わかったわ」
「いち、にの……」
 その時、10本の紐を取り終わった黒ずくめの男が、大声で言い放った。
「我が僕たちよ、行くがよい!あの忌まわしき連中の命を、暗闇の神に捧げるのだ!」
 11匹のブラックパンサーが、解き放たれた……。

 

 第4章 逃走

 2人は逃げた。
 今までで一番早く走った。
 11匹のブラックパンサーに命を狙われている状況なのだから、それも当然なのだが。
 体力を使い果たした2人の原動力は、体中にみなぎるアドレナリンと、死への恐怖だけだった。
 しかし、体が悲鳴を上げるのも、もうすぐだ。
 それまでに、レイアに着きたい。メオはそう考えていた。
 レイアなら、たくさん人がいるし、警察も、(小さいものの)軍隊もいる。レイアにさえ行ければ、助かる見込みは十分にある。
 ただ、レイアに着く事なんてできるのか……。
 ブラックパンサーの走る速さは、とても速い。
 前に国語の教科書でヒョウが出てくる話があり、その時に先生が話してくれたような気がしたのだが、ヒョウの時速は最高で60km。
 野生が相手なら人間が逃げられる望みは全く無いのだが、飼い慣らされているためか、多少遅い。
 さらに、道がジグザグのため、思うようにスピードが出ていない。
 そのため、何とか3mくらいの間隔を保てていた。
 しかし、直線コースがあるたびにその差は縮まっていく。
 道だけはだいたいわかるが、レイアまであとどのくらいなのか、全くわからない。
 追いつかれてしまう可能性も、大いにある。

 微かに街の光が見えてきた頃、2人の体力も限界に近づいて来た。
 だんだんと走る速さが遅くなる。
 エミーは体力があるのだが、メオは体力は無い方で、一段と走る速さが遅かった。
 ここぞとばかりに、ブラックパンサーがスピードを出す。
 このままだと、間違いなく10分も持たずに2人ともやられてしまう。メオは、エミーに囁いた。
「横の茂みに、横っ飛びに入ってやり過ごすんだ。ブラックパンサーたちは急には止まれないから」
 エミーは頷いた。
「せーのっ」
 2人は茂みに飛び込んだ。
 案の定、ブラックパンサーたちはそのまま先へと突っ走っていった。
 ふーっ、と息を吐いたその時、
「逃げられると思ったのか?」
 あの黒ずくめの男が現れた。
「私が念じれば、やつらはすぐにここに舞い戻ってくる。私なら、痛みも無く一瞬でお前たちを殺す事ができる。しかし、ブラックパンサーたちは、牙と爪で切り裂くだろう。想像を絶する痛みだ。やつらの爪の切れ味は抜群だぞ。私が丁寧に磨いてあるからな……」
 一呼吸置いて、その男は続けた。
「さあ、どうする?一瞬でしぬのがいいか、引き裂かれて苦しみながらしぬのがいいか……」
 この男は、今すぐ自分が殺してやってもいい、と言っているようだ。
「断る」
 メオがきっぱりと言った。
「おれたちは、殺されないし、殺されるつもりも無い。ブラックパンサーを呼ぶなら、呼べよ。おれたちは、必ず逃げ切ってみせる」
 そういって、レイアの方向へと駆け出した。

 ブラックパンサーとは、全く会わないまま、出口が見えた。
「あれがレイアだ!」
 メオは興奮していた。
 2人は思わず駆け出したが、すぐに急停止した。
 出口のところで、11匹のブラックパンサーが、黒ずくめの男とともに、待ち構えているのだ。
「チェックメイト、だな」
 男が、にやりと笑って言った。
「いいえ、チェックよ」
 エミーが言い直して、突然出口の方向へ突進していった。
「何をする気だ!」
 メオが叫んだが、エミーは答えない。
 エミーは、呆気に取られているブラックパンサーたちの前に立つと、ポケットから空色のオカリナを取り出した。
 オカリナには、金色でHOVVKと刻まれている。
 エミーは、そのオカリナを吹き始めた。
 その美しい音色に、メオも男もブラックパンサーも、うっとりと聞き入った。
 しばらく吹き続けていたエミーは、突然吹くのをやめた。
 メオと男はハッと我に返ったが、ブラックパンサーたちはまだ心地よさそうな表情を浮かべている。
 そう、寝ているのだ。
「すごい……」
 エミーが振り返って、にっこりと笑った。
「うちに伝わる、生物を眠りの世界に誘うオカリナよ。ただ、眠たくない時にはほとんど効果が無いんだけど……」
 そこで、エミーは途中で男の方を向いた。
「あなたは、この子たちに十分な睡眠を与えてないようね」
「くっ……」
 メオとエミーは、出口を潜り抜けた。
 憎しみが込められた、男の視線も潜り抜けて──。

 

 第5章 レイア

 レイアは、首都なだけあって、立派だった。
 夕日に照らされる、とてもきれいな町並みは、貧乏な村しか知らない2人にとって、とても美しく、新鮮だった。
 ただ、当然首都なので、食べ物や宿屋なども高い。
「夕方だし、城に行く事はできないわよね……」
「いや、それはわからないな。行ってみよう」

 2人は城の正面扉の前に立った。
 厳重そうに城の兵士が何人も立っている……と思っていたのだが、意外にも兵士は2人しかいなかった。
「あの……」
 エミーが兵士に話しかけた。
「ん?」
「あの、王の命令を聞いて来ました。北の洞窟に行くつもりです。王様に会わせて下さい」
 その言葉を聞いて、兵士たちは困ったように顔を見合わせた。
「やめた方がいい」
「どうして!?」
「命令を実行しようとして、1週間前くらいに死んだ人の数が3桁台にまで上った。まあ、死んだかどうかはわからない、戻ってこないだけかもしれないという意見もあるが……とにかく、成功した人は1人もいない。すると、当然だが、死んだ人の関係者や、そうでなくても死んだ人やその遺族たちをかわいそうに思う国民からの批判が集中した。大規模な抗議デモが次々と行われ、城には国民たちが押し寄せた……」
「それで、王様はどうしたんですか?」
 エミーが聞いた。
「命令を取り消したとか?」
「そうだったら、良かったがな」
 兵士たちは、哀しげに首を振った。
「王様は、命令を絶対に取り消さないと宣言し、押し寄せた民衆を兵士たちに命令して追い払ったんだ。どうしても言う事を聞かないなら、殺してもいいという命令まで出した」
「国民の人たち、かわいそう……」
「一番かわいそうなのは、おれたちだよ。王様の身勝手な命令のせいで、人殺しにならなくちゃいけない。もし命令に違反したら、死刑だからな……」
 確かに、この国の法律では、兵士は必ず王様に従わなくてはならず、従わなかった場合は重い刑が下る事になっている。
「とにかく、今王様のところへ行けば、状況は悪化するだけだ。また新たな犠牲者が出る、と言ってまた活動が始まるだろう。王様にとっても、それは避けたいだろうから」
「いや、それは違うぞ!」
 誰かが大声で言った。
「お、王様!?」
 兵士が瞬時に敬礼した。

「私が意見を尊重するのは、1人だけ。他の人の考えなど、どうでもいい。だから、お前たちが北の洞窟に行ってくれるというのであれば、歓迎するし、武器や食料なども用意してやる」
「本当ですか!?」
 メオが喜んだ。
 その隣で、兵士たちがメオを憐れみの目で見ている事など、全く視界に入っていない。
「では、今すぐにでも出発して……」
「いや、夜は危ない。出発するなら、明日の朝だな。今日は城に泊まるがよい。歓迎するぞ」

 豪華な料理、広いお風呂にふかふかのベッド。
 2人が──というかフェイスの人全員が──憧れる生活だった。
「ここまで来るのは大変だったろう。今日はゆっくり休むが良い」
「あ、そういえば……」
 エミーは王様に聞きたいことがあった。
「森にブラックパンサーがいる、って知ってますか?」
 一瞬の間をおいて、王様が口を開いた。
「噂では聞いていたが、まさか本当にいるのか?」
「ええ、それも10匹ほど。しかも、飼い主がいるようなんです……」
「……わかった。良い情報をありがとう。兵士たちに言って、すぐに調べさせよう」
 食べ終わって部屋に戻った2人は、すぐにベッドに入った。
「今日1日、いろんな事があったわね……」
 確かにそうだ。昨日の夜は、まだフェイスにいたというのが、信じられない。
「フェイスを出て、ブラックパンサーに追われて、王様に会って……」
「そういえば、あの黒ずくめの男って誰なんだ?」
「それに、『暗闇の神』っていうのが誰なのかも……」
 2人は、しばらくこの1日で生まれた謎についてあれこれ考えをめぐらせていた。
 メオは、何かもやもやとしたものを感じずにはいられなかった。『暗闇の神』の事を、知っているような気がしてならなかった。どこかで聞いた気がする。それも、最近……。いつだろう?
 が、疲れがたまっていたため、すぐに眠ってしまった。

 

 第6章 北の洞窟

 北の洞窟までは、そう遠くない。王様は、そういった。
「この城の裏口を出ると、小さな草原がある。北の草原、と呼ばれているが、正式な名前は無い。猛獣がいると思うが、君たちなら問題ないだろう。そこを抜ければ、北の洞窟の入り口だ……」
「北の洞窟の秘宝って、どんな物なんですか?」
「小さな金のペンダントだ。光り輝く十字架がついている。洞窟の最深部に置いてあるはずだ」
「わかりました。では、行ってきます」
 2人は、勇み足で裏口を出た。目指すは、北の洞窟だ。

 草原では、真っ黒の野うさぎ1匹くらいしか見つからなかった。
 猛獣なんて全くいない。メオは拍子抜けした。
 1時間ほど歩いて、2人は近くの茂みで休んだ。
「にしても、何で何にもいないんだ?王様は猛獣がいるって言ってたのに……」
 口には出してみたものの、メオは大して気にも留めていなかった。
 これから待ち受ける旅の事で、胸がいっぱいだった。
 金のペンダントを持って行けば、使い切れないほどの財産がもらえる。何に使おう?エミーの言う通り、フェイスを発展させるのもいいかもしれない。どっちみち、エミーには半額あげなければいけないし……。
 ──いや、まずはこの旅を成功させるだけだ。今はそれだけ考えていればいい。

 北の草原は、何事も無く抜けられた。
 洞窟の入り口が見えた。
「いよいよね……」
 エミーが呟いた。
「ああ。準備はいいか?」
「そっちこそ」
 メオは、深く息を吸って、ゆっくりと吐いた。
 そして、洞窟に入っていった。
 エミーも、後に続いた。

 洞窟は、薄暗く、じめじめしていた。
 中は意外と広く、いくつもの穴に繋がっていた。
「こんなに広いなんて……迷子になっちゃうんじゃない?」
「そうだけど……」
 メオもわかっていた。
 これから入っていくところは、草原のように簡単なところではなく、危険がいっぱいの場所なのだ──。

 1時間ほど、洞窟と繋がるいくつものじめじめした穴を探索したが、一向にペンダントは見つからない。
「ペンダントなんてどこにも無いじゃない……」
 エミーが呟き、思いっきり洞窟の床を踏みつけた。
 しかし、わんわんと鈍い金属音が洞窟に響いただけだった。
「本とかなら、これで穴が開いたりするんだろうけど……」
 その時、メオがあることに気づいた。
「そういえば……この床が石ならこんなに音は響かないんじゃないか?」
「確かに……」
 エミーがしゃがみこみ、床を指で撫でてみた。
 つるつるしている。
「石だったら、もっとゴツゴツしているんじゃないかしら……」
 エミーは、いきなり床に這いつくばって、隅から隅まで床を丹念に調べ始めた。
 メオは呆気に取られてエミーを見ていた。
 少しして、エミーが声を上げた。
「見て!こんなところに、ねじがある」
 確かに、それは紛れも無くねじだった。
 きれいにドライバーではめ込まれ、その上から石の色を流しいれたようだった。
 ようく見ると、周りには人が3人乗れるくらいの長方形の切れ目が入っている。
「この地下だな、何かがあるとすれば。でも、ドライバーが無い」
 つまり、ねじを取り出すことができない。
「エミー、ドライバー持ってるか?」
「持ってるわけ無いじゃない。でも……」
 そういって、エミーは針金のような物を取り出した。
「これで何とかできないかしら」
「できるわけないだろ!鍵穴じゃないんだから……」
 そういいながらメオは、ある事を思いついた。
「鍵なら、合鍵が作れる。ドライバーだって、工夫すれば……」
 メオは、ポケットから短剣を取り出して、石を加工し始めた。
 石をうまく細い十字型に削ろうと考えたのだ。

 もちろん、そんな方法でうまく行くわけがない。
 30分ほど悪戦苦闘していたが、石をきれいな十字に削るなんて、できるわけがなかった。
「どうすればいいんだよ?このねじを取り出すには」
「もしかして、このねじは関係なかったりして」
 エミーが呟いた。
「お前、なんでそんな変な考えばっかり思いつくんだ?」
「ひらめく、って言ってよ」
 2人は、もう1度壁や床を丁寧に調べた。もしかしたら、別の入り口、別の開け方が見つかるかもしれない。
 壁を調べていたメオが突然叫んだ。
「おい、見ろよ。ここの壁、蓋になってる」
 壁の中に、一箇所だけ、小さな窪みがあった。
 窪みに爪を引っ掛けて、引っ張ってみた。
 壁に似せてあった、石で作られた小さな板が外れ、中には空洞があった。
 そして空洞の中には……ドライバーがある!
「こんな手の込んだ仕掛けをするなんて、誰の仕業だ?床と壁を調べて、ねじとドライバーの両方に気づかないと、中に入れないなんて……」
 そういって、ねじを丁寧に取り出した。
 重いかと思っていた床──に似せた蓋──は、とても軽かった。
 蓋をどけると、そこには階段があった。
「本当に、仕掛けさえわかっていればすぐに入れるようにしているのね」
「ああ。でも、誰が出入りしてるんだ?」
 それは、確かに謎だった。
「ええ、確かにそうね。でも、まずは中に入りましょうよ」
 2人は、薄暗い階段を、ゆっくりと降りていった。

 

 第7章 光、そして……

 階段を降りると、鋼鉄の扉に突き当たった。
 メオは、大きく息を吸い、ふっと腹筋に力を込め、扉を強く押した。
 開かなかった。
 重いから、という事ではなさそうだ。試しにエミーと2人で押してみたが、目の前に立ちはだかる扉は、微動だにしない。
 取っ手は無く、引くこともできない。
 どうすればいいのか、と悩んでいたら、エミーが扉を横に滑らせるように押した。
 開いた。くだらないほど呆気なく、鋼鉄の扉は開いた。
「何だか、つまらない仕掛けが揃ってるわね……」
「こんなの、誰が考えたんだ?」
 そう言いつつも、メオはこんな単純な仕掛けに気づかなかった事が悔しかった。

 扉を抜けると、そこには通路があった。しかし、ただの通路ではなく、鋼鉄の壁で作られた迷路は、2人を何度も悩ませ、迷わせた。
 しかし、3時間ほど試行錯誤した末、ようやく迷路の終わり、つまり出口に辿り着いた。
 別の扉がある。石でできた、神聖な雰囲気を漂わせる扉だ。
 扉の向こう側の事は、何一つ見えない。にもかかわらず、何かを感じた。
「この先に、ペンダントがあるんだな……」
 問いかけではない。確認でもない。確信だった。
 2人には、この先に目指すものがあるという、言葉では言い表せない確信があった。
 何も言わなくても、その思いが通じている事も、2人にはわかっていた。
 無言で、メオはエミーの方を見た。
 エミーが、小さく頷いた。
 メオは、やはり無言のまま、扉を開けた。
 扉は、意外にも軽かった。ここまで来た者を重さで単純に阻むほど、この洞窟の創り主は残酷ではなかったようだ。
 扉を開けると──眩いばかりの光が解き放たれた。

 小さな部屋だった。
 中央にある石の台から、眩い光が出ている。
 石の台の向こう側は、なぜか暗くて、よく見えない。
 台の上も眩しくてなかなか見えないが、そこにはなんと──光のペンダントがある!
「あれだな!」
 メオは思わず興奮して、ペンダントの置いてある台へと駆け出した。ペンダントまでは、10メートルくらいの距離だ。
 しかし、突然メオは何かにぶつかったかのように立ち止まった。
 ペンダントまでわずか2、3メートルくらいのところで、メオは見えない壁に阻まれたのだ。
「メオ!?」
 エミーも急いで駆け寄った。
 すると、不思議な事に、エミーは壁など存在しないかのようにペンダントまで10センチくらいの所まで一気に駆け抜けることができた。
 エミーは立ち止まり、すぐに引き返して、メオを中に引き入れようとした。
 メオに触れることはできる。しかし、引っ張ろうとすると、それを止めようとする強い力が働き、中に入れられない。
「何でだ?何でエミーはそっちに行けて……おれは……」
 途中で口ごもり、言い直した。
「いや、そんな事はどうでもいい。エミー、早くそのペンダントを取ってくれ」
 エミーが頷き、石の台の前に立った。
 そして、決然とした表情で、光り輝くペンダントを台から取った。
 その瞬間、光が消えた。

 メオを阻んでいた、見えない壁も消え去ったかのようだった。メオはすぐにエミーに駆け寄り、ペンダントを見た。
 まだ光は残っているが、ほんのわずかだ。それも、今にも消えそうな程度の光が、ほんの少し煌く程度だ。
「さて、ペンダントも取ったし、あとは城へ戻って……」
 エミーは、言いかけて突然口ごもった。
 足音が聞こえる。
 そして、今まで暗くてよく見えなかった向こう側から、何かが現れた。
 それは……巨大な蛇だった。

 

 第8章 闇

 大蛇は、どんどん近づいてくる。それに連れて、その風貌がわかってきた。
 緑色の鱗で全身が覆われ、目は赤く、血走っている。
 口からは、長く鋭い牙が見え隠れしている。
 今すぐ逃げなければいけない──。2人ともそくざにそう感じた。
 でも、逃げなかった。逃げられなかった。
 大蛇の恐ろしい威圧感を、振り切れなかった。
 あと数メートルまで大蛇が迫ってきた時、ようやくメオが駆け出した。
「逃げろ!」
 その言葉で、エミーもハッとしたように駆け出した。
 ペンダントがゆらゆらと揺れていて落としそうだったので、メオが受け取った。
 2人は、石の扉を開け、すぐに閉めた。
 迷路を駆け抜けようとするが、迷ってしまいなかなか抜けられない。
 そうこうしているうちに、大蛇が扉を牙で突き破り、迷路へと入ってきた。
 2人は焦りながら、次々と飛び散っていく鋼鉄の壁の破片を避け、襲い掛かる大蛇の牙を避け、出口へと向かった。
 出口の鋼鉄の扉に、先に辿り着いたのは、エミーだった。
 エミーはパニックに陥りながらも、力いっぱい扉を押した。
 メオが叫んだ。
「その扉は、前に押すんじゃない!左に押し開けるんだ!」
 ハッと我に返り、エミーは扉を開けた。
 ようやくメオはエミーに追いついたが、大蛇も追いつきかけている。
 2人は一気に階段を駆け上ろうとした。
 エミーはスパートをかけ、先に階段のてっぺんに辿り着いた。
 しかし、不運な事に、メオは転んでしまった。
 後ろには、大蛇が迫っている。あと、コンマ数秒で、メオは大蛇の餌食にされるだろう。
 メオは、足を挫いてしまい、逃げられなかった。
 諦めたメオは、なぜあの時村を出てしまったんだろう、と考えた。
 死という結末で終わるとわかっていたら、こんな短い旅になんか出なかったのに……。
 その時、不意に階段の一番上から、エミーがジャンプした。
 エミーは、にっこりと微笑んで、何かを囁いた。
「メオ……私は……あなたのこと……」
 その言葉の続きは、わからなかった。
 エミーが最後まで言い終える前に、エミーは大蛇の口にすっぽりと入ったからだ。
 大蛇はエミーを飲み込んで満足したのか、そのままいなくなった。
 一瞬の出来事に、メオはわけがわからなかった。
 そして、気づいた。
 エミーは、メオを救うために、自らを犠牲にしたのだ。
「エミー……」
 メオは呟いた。
 何も感じられなかった。何も考えられなかった。
 まるで心の中が空っぽになってしまったかのような喪失感の中で、なぜ自分が生き残ってしまったのだろうという罪悪感だけが、メオの心に残っていた。
 メオは、無意識のうちに、階段に転がっている空色のオカリナを拾い上げ、リュックに入れ、金色のペンダントを、粉々に砕けてしまうくらいぎゅっとつかんで、1人で洞窟を後にした。



 

 第9章 真実

 レイアに戻ったメオは、真っ先に王様の所へ行った。
「おお、よくぞ帰ってきた。……おや?お前と一緒にいた、あの娘はどうしたのかね?」
 メオは暗い顔で答えた。
「エミーは……殺されました。洞窟に住んでいた大蛇に、食べられたんです」
「そうか、それは気の毒だな……。──ところで、金のペンダントは持ち帰れたのかね?」
「ええ……」
「そうか。では、そのペンダントを渡してもらおう」
「……その前に、先に褒美をください」
「なぜじゃ?ペンダントが先であろう」
「ぼくにとって、このペンダントは必要の無い物です。このペンダントにどんな価値があるか、知らないし、知りたくもない。
 ですが、ぼくがもらうはずの褒美は、あなたにとっても価値のあるものです。ぼくが褒美をもらってペンダントを渡さない、という事は無いでしょうが、あなたがペンダントをもらって褒美を渡さない、というのはあり得るでしょう」
 王様は真剣な顔で考え込み、──突然笑い出した。
「はっはっは。面白い事を言うな。──どうせすぐにしぬ運命なのに」
 一瞬、メオは自分の耳を疑った。
「え?今、なんて言いましたか?」
「お前はしぬ運命なんじゃよ……」
 そして、王様が突然何かの呪文を唱えた。
 王様が、──あの黒ずくめの男に変わった。

 突然の事に、メオはわけがわからなかった。
「どういうこと……ですか?」
「おお、まだわからぬようじゃな。私はこの国の王などではない。王は、3ヶ月ほど前に私が殺した。それから、私は魔法で王様に変身し、ペンダントを取りに行かせる命令を出した……」
「でも、何のために?」
「もちろん、我が親愛なる『暗闇の神』……ダークネス様のためじゃよ」
 やっとわかった。暗闇の神というのは、歴史の時間に習った、魔王ダークネスの事だったのだ。
 darkness(ダークネス)、暗闇。英語を訳しただけの、簡単な暗号だ。
「ダークネス様は、はるか昔、このモルディスを支配していた。勇者コレージェによって封印されたが、数年前に、封印を解かれた。それ以来、ダークネス様が創造した『暗闇世界』で、豊富な資源と働き手があるモルディスを支配する策略を練っておられたのだ……」
 ダークネスの事を話す男は、とても嬉しそうだった。メオの愕然とした顔を見て、より一層楽しんでいた。
「私は、ダークネス様に忠誠を誓い、この王国を乗っ取るための策略を内部で進めるために遣わされた者だ。
 この世界を支配するための足がかりとして選ばれたのが、このクレイア王国だ。
 ダークネス様がこの世界を支配するためには、ある物の効力を失くす事が必要だった。それが、そのペンダントだ……」
 男はメオのペンダントを指差して言った。
「そのペンダントは、闇の力から世界を守る力がある。しかし、その力はあの洞窟の最深部に置いていなければ意味を持たない。
 そこで私は、この国の王様となって、この国を支配し、さらにペンダントの効力を失くさせたのだ」
「何で……お前が取りに行かなかったんだ?」
 震える声でメオが聞いた。
「そんな事はできない。あのペンダントの周囲には、邪悪な心、卑しい心を持つ者の進入を妨げる魔法がかけられている。ペンダントの魔力の影響だな。──愛で心が満たされている者だけが、ペンダントを取る事ができるのだ」
 その時、メオは気づいた。なぜペンダントのところにエミーが入れて、メオが入れなかったのかが。
 メオの心には、お金が欲しいという、ペンダントが考える「卑しい感情」があると判断され、阻まれた。
 しかし、エミーの心には、純粋な愛だけがあった。
 エミーが最後に何と言おうとしていたのか、今ならわかる。
 エミーのか細い囁き声が、脳裏に浮かぶ。その続きも、わかった。
「……メオ……私は……あなたのこと……愛してるわ……」
 エミーは、メオのことを愛していたのだ。
 エミーが、メオと一緒に旅に出た理由。メオは、ただ強引に、何となくだと思っていたが、メオを守るため、メオと一緒にいるためだけに、旅についてきたのだ。
 メオへの愛が、ペンダントの魔力に勝ったのだ──。
「エミー……」
 メオは無意識のうちに呟いた。涙が溢れそうになった。
「もう侵入の準備はできている。今晩、ダークネス様は強大な軍隊を率いて王国を乗っ取りにかかる……そして、次々と周りの国を支配していく。まずは、隣のギガレズ王国だな。
 もうあの洞窟の周りは厳重に警備してあるから、ペンダントをお前が持っていてもいいんだが……お前には死んでもらわなければな……」
 そういって、男はナイフを持って迫ってきた。
 扉には鍵がかかっている。
 1分前のメオであれば、すぐに諦めて殺されただろう。
 エミーが死んだ悲しみで、心が死んでしまっていたからだ。
 しかし、メオが気づいた、エミーの愛は、メオの心を生き返らせた。
 メオはナイフを刺そうとする男をぎりぎりでかわし、窓から飛び降りた。
 王様の部屋は3階だったが、下は堀だったので、何とか大したケガはせずに済んだ。
 メオは、すぐにレイアを抜けた。
 目指す場所は、すでに決めていた。
 ギガレズ王国に行って、ダークネスの事を伝えるのだ。
 ダークネスと戦う準備をさせるのだ。
 メオは、ダークネスを倒してやるという強い決意を胸に、新たな旅への一歩を踏み出した。


 (2)へデスティニー・ダークネス トップへ

   
inserted by FC2 system