フラワー・ストーリー 第1部
第4章
次の日。
一応、森の出口までは夢人がついて来てくれる事になっていた。
食料と衣服、それに塔の場所を書き込んだ地図を入れたリュックを背負っている。
「じゃあ、僕はここで帰るから。頑張ってね」
「ええ、大丈夫よ」
美羽はそういって笑っていた。
私は、正直笑えるほど自信は無かったけど、それでも精一杯微笑んだ。
「じゃ、ドリームウィングは頼んだわよ」
「大丈夫。逆に安定するさ」
「どういう意味よ!」
美羽が怒鳴った。
きっとこの二人、いっつもケンカして、おそらくいっつも美羽が負けてたんだろう。
「真衣、こいつを頼んだよ。おそらく足を引っ張るだろうけど」
「余計なお世話よ!あたしたちは大丈夫」
「……こういってるときが一番大丈夫じゃないんだからな」
「大丈夫って言ったら大丈夫なの!」
「………」
美羽と夢人の口げんかを見ていると、この先に大変な冒険が待っているなんて全く思えなくなってしまう。
**********************
私たちが最初に目指す事にしたのは、彗星の滝と呼ばれる洞窟。
中は鍾乳洞になっているらしい。
とはいっても、彗星の滝に入るまでにはまだ1週間くらい冒険を続けないといけないわけで……。
「あ〜あ、疲れた。やっぱり、こういうのは夢人の方が向いてるのかな」
美羽がそんな独り言を言った。
会議も夢人に押し付けてたくせに……。
「あ、そうだ。真衣って戦える?」
「へ?」
突然聞かれて、私はわけがわからなかった。
「ほら、魔境なんだからいろんな敵がいるんじゃない?怪物とか、花びらの番人とか……」
確かに、魔境なんだから怪物とかがいてもおかしくない。
でも……。
「少しならお母さんから護身術を習ったけど、それだけかな……」
「わかった。じゃあ、いざとなったらあたしが戦うから、真衣はサポートしてね☆」
やっぱり、美羽と一緒にいると楽しい。
大変な冒険も、問題なく進める、そんな気がする。
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出発してから2日が経った。
彗星の滝はまだまだ遠い。
だけど、だんだん冒険にも慣れてきた。
そして、美羽に教わって、少しだけ剣を使った戦い方などもできるようになった。
ただ、体力は結構限界なわけで……。
「疲れた!」
美羽が座り込んでしまった。
ちなみに、今進んでいる場所は日中はかなり暑い砂漠地帯だ。
昨日は少しだけ雲があって、局地的に雨も降ったりして、まあまあ涼しかったけど、今は40℃くらいでかなり暑い。
「ほら、頑張って」
「もう動けない!」
「……なら、どっか町でも探して宿屋に泊まる?」
実のところ、ここ3日間食事と睡眠以外は常に歩きっぱなし、寝るのも野宿で食事もほとんどが非常食。
お金はあるけど、使いどころが無い。
少し時間はかかっても、町に寄っていきたい。
「でも、それはできないわよ」
美羽が言った。
「きっと町には、地球人がいるから……」
確かに、ここから一番近い町はミズカナと呼ばれる、地球人が地球のある都市に似せて作ったといわれる町だった。
そこにはアーチ人は立ち入り禁止、忍び込んだらすぐに捕まって殺されるか働かされる。
しかし、アーチ人の独立街は一番近いところでも100kmくらい離れている。
泊まれるような場所はほとんどないのだ。
「でも、そうでもしないと……」
美羽も私も、体力はかなり限界に近づいていた。
このままでは、一つ目の魔境に着く前に体が持たないだろう。
「あ、そうだ!」
「何?」
「この近くに、オアシスがあった気がする!」
確かに、目を凝らして地図を見てみると、小さな水溜りが書いてあった。
「じゃあ、ここへ行ってみよう!」
「うん!」
何とかオアシスに辿り着いた私たちは、すぐに水を飲んだ。
「気持ちいいね……」
私たちは、そのまま眠たくなって、オアシスの木の陰に移動すると、寝てしまった。
それほどまでに、私たちは疲れていたから……。
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目を覚ますと、隣には美羽がいた。
美羽を起こそうと、私は立ち上がろうとした。
ところが、全く動けない。
「美羽!起きて!」
私が必死に叫ぶと、美羽がやっと目を覚ました。
「あれ?動けないよ」
「そうなの。でも、何でかわかる?」
その時、私はあるものが見えた。
ゆっくりと近づいてくる、巨大な影。
それは……巨大なさそりだった。
「あれって……」
美羽もわかったらしい。
「あのさそりは、きっとこのオアシスに毒を仕込んであったのよ。相手を眠らせて、痺れさせる薬を」
「じゃあ……」
「そう。このオアシスに人がいないのは、そのためね。地球人もアーチ人も、この水を飲んで、そのままあのさそりに……」
とはいえ、気づいたところでどうにもならない。
私たちは全く動けないのだし、相手は巨大な怪物。
「どうしよう……」
美羽も手立てが無いらしい。
さそりは順調に進んでくる。
その時だった。
突然、さそりが巨大な穴にずるずると落ちていくのが見えた。
「何が起きたの?」
私が美羽に聞いたが、美羽もわからないとばかりに首を振った。
2時間くらいしてやっと痺れの取れた私たちは、さそりが落ちていった現場を見に行った。
そこの辺りだけ泥になっている。
昨日の雲のうち、一部だけ雨雲になっていて、そこだけ集中的に濡れ、そこだけ泥の一帯になったらしい。
その泥でできた一帯に、重いさそりが乗った事で、落とし穴のように大きな穴になったみたい。
「本当に助かったね……」
でも、こんな調子だと、先が思いやられる……。
第5章
砂漠の一番奥は、行き止まりのような岩壁になっていた。
というか、正確にはかなり高い崖になっている。
「登る……しかないよね?」
美羽が確認する。
まあ、ここからわざわざまた3日もかけて砂漠を戻って遠回りする、という選択肢は無いわけで……。
「ま、それしかないでしょ」
私は壁に手をかけ、もう一度上を見上げ、ふぅっ、と溜め息をつき……崖を登り始めた。
手が痛い。かなり疲れているし、水分補給もできない。
美羽の方が身軽で私より少し先に行っているが、かといって体力があるわけではないので、やっぱり疲れている。
美羽が疲れて、一瞬ふっと気を抜いた。
──それが命取りだった。
美羽はすぐに足を踏み外し、そのまま落ちていく…………かに見えたが、間一髪、私は美羽の足をつかんで引っ張りあげた。
「まったく……こんな古典的な落ち方って、いくら美羽でもありえるの?」
「ごめんごめん……ていうか、いくら美羽でもってどういう意味?」
「意味は一つしかないと思うけど」
「………」
少し涙目になりつつも再び登っていく美羽を見て、私は懐かしさを感じた。
──そういえば、あの時もこんな事があったっけ──。
6年前の事件を思い出してふふっと笑った私は、再び崖を登り始めた。
「はぁ〜、やっとついた……」
改めて自分たちの登った功績を見下ろした私は、満足感に浸っていた。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか、彗星の滝はすぐ先でしょ?」
「うん……」
さっきまでの頼もしさはどこへやら、疲れと恐怖で元気を失っている。
「さ、行こう」
何とか美羽を立ち上がらせた私は、彗星の滝目指して出発した。
**********************
彗星の滝に行くためには、あと2時間くらい歩けばいい。
というか、そのはずだった。
ところが、かなり迷いやすい道だったため、すっかり山奥に彷徨いこんでいた。
「どうしよっか?」
美羽が私に聞く。
いい考えがあったら、とっくに言ってるんだけど……。
そう思いつつ、だめもとで言ってみた。
「携帯かなんかで夢人に電話したら?」
私は持ってないけど、美羽は携帯を持っている。
「そうだね!」
美羽が夢人に電話した。
「もしもし?あ、あたし。ねぇ、今……」
『……それ以上言うな!』
夢人が突然怒鳴った。
ちなみに、携帯のイヤホンを伸ばして、私も会話が聞けるようにしてある。
「え?どうしたの?」
『電波は管理されてる。もう電話もメールもするな。するなら絶対ばれないようにしろ』
そういって、夢人は一方的に電話を切った。
確かに、携帯電話というのはもともとアーチには無かった。地球人の持ち込んだ文化を、ドリームウィングが通信用に取り入れただけらしい。
最も、本部周辺はドリームウィング独自で電波を管理しているらしいが、ここまで遠いと地球人の科学にも頼るしかないのだろう。
「やっぱり、二人だけで頑張るしかない、ってことかな」
私はそういって、また地図を広げた。
とはいっても、現在地がわからない事には地図があってもどうしようもない。
とりあえず、私たちは場所がわかる所まで戻って、それからもう1度地図で正確な彗星の滝への道を確認して進んでいった。
彗星の滝は、意外なほど簡単に見つかった。
それは、一見すると何の変哲も無い、ただの洞窟だった。
こんな普通の洞窟の奥に、本当に願いを叶えられるような花の6分の1でもあるのだろうか、と私は少し疑っていた。
もちろん、「疑い」とか「嘘」とかとは無縁そうな私と一緒にいる少女は、やっぱり疑いのかけらも持たずに入っていったが。
「真衣も早く来てよ!」
さっきつるつるしていて転んだにも関わらず、すぐに走ってかなり先に行っていた美羽が、私を呼んだ。
「わかった、わかったから少し待ってて!」
私は慎重に転ばないように気をつけながら、美羽の元へと走っていった。
「あれ?」
やっと私が美羽に追いついたところで、美羽が声を上げた。
「どうしたの?」
「行き止まりになってる……」
確かに、ようく先を見てみると、その先には壁がそびえ立っていた。
「え?でも、他に道は無いんじゃ……」
私はそう呟いた。
確かに、この洞窟に他の抜け道は無く、一本道だった。
壁を触ってみたり、近くの石を拾ったりと、周りを探してみたら、スイッチになっているようなものはない。
「だとしたら……」
「この伝説自体が嘘。そうとしか考えられないんじゃない?」
美羽がそう言った。
第6章
洞窟を出た私たちは、ドリームウィングの本部に戻ろうと地図を広げた。
「えーと……今はここにいるから……あれ!?」
「どうしたの?」
「もしかして、私たちが入ったのって、こっちの洞窟じゃない?」
確かに、《彗星の滝》と書かれた場所の近くに、名も無い洞窟がある。
「じゃあ、やっぱり彗星の滝は別にあるのよ!」
私は興奮した。
今までの虚脱感と絶望感がみるみる消えていくのを感じた。
私たちは、急いで彗星の滝への道を走った。
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「ここが、彗星の滝……」
地図によると、間違いなく彗星の滝がある場所に私たちは辿り着いた。
しかし、洞窟は無かった。
流れる巨大な滝だけがそこにあった。
当然、滝の所に花びらなどない。
「やっぱり、伝説は嘘だったのね……」
そういいながら、私はすでに暗くなりかけている事に気づいた。
「とりあえず、今日はここで寝て、明日また調べてみようよ」
そういって、美羽は早々と寝袋を出して寝てしまった。
私も、眠たかったし、疲れてもいたので、すぐに後を追って深い眠りについた。
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朝起きると、私は静かな、沈黙の空間にいた。
夢ではない。
それは確かだ。
しかし、何か不思議な気がする。
少し考えて、私はパッとひらめいた。
「──もしかして……」
私は急いで美羽を起こした。
「どうしたの?」
美羽はまだ眠そうで、あくびをしている。
「滝を見て」
美羽は滝を見て、すぐに気がついた。
「水が流れてない!」
「大正解」
なぜ静かな事が不思議だったのか、真衣は気づいていた。
それは、自分は滝の轟音の中で眠ったからだった。
「じゃあ、何でだと思う?」
「わかんない。何で?」
私は一呼吸置いて、仮説、というより確信を話し出した。
「あの洞窟の壁に触れた時……あの洞窟は私たちの存在を認識した。
この滝と、あの洞窟は、繋がってるの。だから、あの洞窟の一番奥に触れる事で、こっちの謎を解けるの」
あの洞窟は、単なるカモフラージュではなかった。
洞窟と彗星の滝は、連動していたのだ。
普通の人なら、間違いにすぐ気づき、なおかつ一番奥まで行こうとは思わない。
誰も、彗星の滝のすぐ近くの洞窟の存在なんて、目もくれない、それが作戦だったのだ。
「で、あの滝つぼの所に、小さな穴がある。そこが、彗星の滝の入り口ね」
そういうと、私はゆっくり滝つぼの淵に立ち、勢いよく飛び込んだ。
「あ、待ってよ!」
美羽が後を追うのがわかった。
服はびしょ濡れになってしまったが、何とか滝の裏の洞窟に入ることができた。
「さ、行きましょ」
私たちは、暗い洞窟をただ進んでいった。
しかし、そこも行き止まりだった。
「また!?」
「まさかとは思うけど、ここに触れたらあっちの洞窟が……」
美羽はそういいながら、その壁にもたれかかった。
すると、その壁は簡単に反対側に倒れた。
当然、その壁に全体重をかけていた美羽も一緒に倒れた。
「………」
私は諦めとも呆れとも取れるような、複雑な感情を抱えて、美羽を起こしに行った。
第7章
あの壁のあとは、ただ険しいだけの道のりが続いた。
ほとんど垂直に近い上り坂や、時々開いている大穴などがあったが、何とか進んでいった。
真っすぐ進んでいくと、不意に目の前が明るくなった。
目もくらむような眩しさを放つ、巨大な部屋があった。
あまりの変化に、思わず目を覆う。
その瞬間だった。
突然凄まじい雄たけびが上がった。
何とか目を開けると、そこには巨大な何かがいた。
それは、蒼い星型の斑点がついた、竜だった。
「竜が、まだアーチにいたなんて……」
私も美羽も、とても驚いていた。
竜は古代のアーチに生息していた神聖な生き物で、数千億年前に絶滅したとされている。
この竜は、絶滅したとされる唯一の生き残りなのだろう。
人間を超越する魔力と知能を持っていたとされる竜のことだ。
二つの洞窟を連動させて、他の竜を阻む仕掛けを作ったのも、きっとこの竜だろう。
そうやって安全なねぐらを見つけた竜は、深い眠りについて、餓死も免れ、人間にも見つからないまま、生きていたのだろう。
しかし、私はすぐにそんな事を考えている場合では無い事に気づいた。
竜は、何万年ぶり、いや何億年ぶりかの生きた獲物の存在に気づき、地響きをさせながらゆっくりと近づいてきたからだ。
先に動いたのは、美羽だった。
「あたしが竜をひき付けるから、その間に真衣は花びらを探して!」
その言葉で思い出した。
私たちがここに来た目的は、花びらを見つける事だった。
そう考えている間にも、美羽は竜にショックガンを撃ったりして、足止めしようとしている。
しかし、竜は魔力を持った生き物であり、科学が効く訳が無い。
びくともせず、美羽を標的にしてゆっくりと近づいている。
「危ない!」
私は叫んで、思わずナイフを投げつけた。
もし竜がこれで死んでしまったら、私は竜を絶滅させてしまう。
そんな罪悪感が一瞬起こった。
ところが、その予想は外れた。
ナイフは、竜の硬い鱗に弾かれ、私のすぐ近くの地面に突き刺さった。
竜は何事も無かったかのように、美羽を追い詰めている。
何か手は無いかと考えたその時、私の目にあるものが映った。
それは、まぎれもなく、夜空のような妖しい光を放つ、小さな花びらだった。
私は、一瞬美羽の事も竜の事も忘れ、その不思議な花びらにただ魅入っていた。
「真衣!何やってるの!?」
美羽の声で、私ははっと我に返った。
気がつくと、竜は美羽ではなく、私の方に近づいてきていた。
あの花びらは、竜が獲物を捕らえるための罠になったのだろうか……?
そんな事を考えた私は、ふと同じ様に死が近づいていた、2週間前の事を考えた。
あの時、私は両親の元へ行きたいという気持ちで、いっぱいだった。
死んでもいい、悔いはないと思っていた。
私は、あの時、命拾いをした。
無二の親友と再び過ごせる、とても幸せな、2週間という「猶予」を与えられた。
そう考えれば、ここで死んでもいい。そう思えてきた。
私は、静かに竜が近づき、私の命を奪うのを待った。
その時だった。
竜は突然、その爪の先を慎重に私の心臓にあてた。
そして、竜は神妙に目を閉じると、そのまま動かなくなった。
「………?」
美羽が恐る恐る近づいて来た。
その顔には、戸惑いが浮かんでいる。
私は、美羽に説明した。
根拠は無かったけど、確信があった。
「たぶん、この竜は、テレパシーが使えるのよ。
それで、私がこの竜を傷つけるつもりが無い事もわかったし、すでに食べたばっかりだったから、今から冬眠すればまた何千年も生きていける、そう思ったんじゃないかしら」
「どういうこと?」
「おそらく、花びらを狙っているのは私たちだけじゃなくて、地球人も狙っているのよ。それで、地球人はここに来たんだけど、竜を邪魔に感じて殺そうとしたけど、花びらに魅了されているうちに逆に食べられたの。地球人が来たのは4年前だから、早くても地球人が来たのは3年前くらい。何千億年も生きてきた竜にとって、そんな時間はほんのわずかにしか感じないだろうし、地球人は何百人もの兵隊で来たんだろうから、殺意を感じない二人の少女を食べる必要も無かったんだと思うわ」
「じゃあ、私たちに向かってきたのは……」
「地球人と同じ様に、殺意を持っていると思ったからでしょ。でも、殺意を持った攻撃とは到底思えなかったから、テレパシーで確かめた。それで、また永い眠りに就いたんだと思うわ」
私たちは、しばらくそのきれいな斑点を持つ竜に魅入っていた。
しかしすぐに目的を思い出し、花びらに近づいた。
夜空を映すかのようなその花びらを、私は丁寧に小さなピンク色のケースにしまった。
美羽が何かに気づいたように息を呑んだが、すぐににっこりと笑った。
「あ、そういえば……」
美羽が突然呟いた。
「ん?どうかしたの?」
「彗星の滝って名前、どういう意味だったのかな?」
「たぶん、この洞窟と竜の話がこのあたりに神話として伝えられていくうちに、あの竜の斑点が自然とそう呼ばれたんじゃない?遠い昔、竜と人間が一緒に暮らしていた時代もあったっていうし」
こうして、私たちは次の花びらがある、第二の魔境へと旅立つ事になった。
夜空のように輝く、不思議な花びらをコートのポケットに収めて。