フラワー・ストーリー 第2部
第8章
竜の部屋をいろいろ探し回っていた私たちは、〈地底地図〉と書かれた地図を見つけた。
彗星の滝の最深部はもちろん、地底のあらゆる地下洞窟のつながりが記されている。
「竜が作ったのかしら?これ……」
「たぶん、地球人が持ってきて、殺されてそのままになったんじゃない?」
まあ、どちらでもいい。
とにかく、この地図を見て、何か情報を掴みたい。
そう思って地図を見ていたら、美羽がある事を発見した。
「この彗星の滝、地下通路になってる!」
「え?」
「だから、ここは地下通路になってるの。ここを進んでいったら、小さな空洞があって……」
その先には、「地底の湖」と呼ばれる場所がある。そう、六魔境の一つで、行く方法が限られている、謎めいた魔境だった。
もしそこに、回り道せずにここから進めるなら、とてもラッキーだ。
案の定、部屋をいろいろ探すと、岩で隠されている小さな穴を発見した。
人が一人、かろうじて入れるくらいのスペースだったが、私たちは急いで中へ入っていった。
地球人が花びらを狙っている事を知った以上、一時もムダにできない、そんな思いがあったからだ。
どんどん突き進んでいくと、だんだん明かりが失われていった。
真っ暗になってしまったので、仕方なく私たちはペンライトを点けた。
できれば、電池が消耗するうえ、反対側から来る相手に一発で見つかってしまうので、使いたくなかったんだけど……。
とにかく、なるべく急いでこの暗闇を抜けようとしていたので、私たちは極度の緊張感の中で、自然と小走りになっていた。
その音は少しずつ、でも確実に洞窟内に反響していた。
やっと光が差し込み、薄暗がりになって、私たちはペンライトを消した。
ホッとして気が緩んだ私たちは、つい何も考えずに先へと進んだ。
それが、命取りとなった。
「あとどのくらいかかるかな?地底の湖まで」
「さあ?あと、半月くら──」
その瞬間──目の前が真っ暗になった。
私たちは、落とし穴に落ちていた。
「いたた……ここはどこなの?」
私が呟いた。
「わかんない……」
どうやら美羽もいるみたいで、安心した。
辺りは真っ暗で、上から差してくる光もわずかだったので、周りに誰がいるかわからなかったのだ。
とりあえず、辺りを手探りであさってみる。
しかし、出口やはしごは見つからなかった。
「でも、この穴、人工的なものじゃないだろうから、突起とかがあるんじゃ……」
「そうだよね。だったら、何とか登ろうよ」
前も崖を登った事はあるし、問題は無いはず。
そう思って壁をまさぐってみるが、何とその壁は完全に平らにされていた。
「この穴、やっぱり人の手が加えられているみたいね」
何とか脱出方法を考えようとした私だったが、なかなか方法が浮かばない。
助かる見込みはないの?
「誰でもいいから、助けて……」
美羽が呟いた。
「助けてあげよっか?」
「え!?」
私はとてもびっくりした。
暗くてよくわからなかったが、なんとこの穴の中には、もう一人いたのだ。
声からすると、その人は女だった。しかし、油断はできない。
「誰なの?」
そういって、私はポケットから短剣を取り出そうとした。
しかし、短剣は無かった。
「あれ??」
「あ、短剣は危ないから預かったよ」
「危ない!?持っていない方がよっぽど……」
「ここはすでに地球人に占拠されてるんだよ?ナイフなんかもっていたら、すぐに捕まるんだけど」
その言葉に、私は衝撃を受けた。
「ここまで地球人は侵略してきてるの?」
「当然でしょ。そもそも、彗星の滝にだって、地球人はあんたたちと違ってこっち側から来たんだから」
この人、私たちが彗星の滝から来た事を知ってる……。
「じゃあ、何であなたはここにいるの?」
私はそう聞いてみたが、あっけなく跳ね返された。
「それは、こっちのセリフね」
確かに納得したが、まだ答える事はできない。
もしこの人が敵だったら、私たちが地球人を倒そうとしている、とわかってしまうからだ。
ちなみに、地球人とアーチ人はよく似ているため、少し話したくらいでは区別がつかないのが現状だ。
「あなたは誰なの?敵か味方かもわからないのに、教えられないわよ……」
「まあ、確かにそうよね。ここで名乗ったりしたら、逆にあんたたちを信用しなかったと思うよ。でも……、少しなら信用してあげる」
そういって、この人は、何も無いはずの穴の中から入り口の狭い穴を開いた。
「この穴を作ったのは、あたしだから」
呆気に取られている私たちを見て、この人はくすりと笑っているようだった。
第9章
「一体、あなたは誰なの?」
私はその人に聞いてみた。
「そうねぇ……答えてもあたしは困らないよ。でも、あんたたちが地球人じゃない証拠もないのよね」
「それは……」
言葉に詰まる私たちを見て、その人はまた微かな笑みを浮かべた。
「冗談よ。あたしは、あんたたちの事知ってるから」
そういって、その人は美羽の方を向いたようだった。
どうやら、暗闇でも目が見えるらしい。
「菊川美羽、14歳。4月22日生まれのドリームウィング副リーダー。家族は──」
「ストップ!何でそんなに知ってるの?」
「名前は二人が話してるのを聞いた。ドリームウィングの副リーダーの名前と誕生日は地球人の指名手配ポスターで誰でも知ってるから」
そういいながらその人は、さっき開いた穴へと向かっているようだった。
その人は穴をくぐろうとしたけど、不意に振り向いたみたいだった。
そして、こう言った。
「早く来なよ。それとも、ずっとこの穴にいたい?」
**********************
「あたしの名前は、めぐみ」
「めぐみ?苗字は?」
あの後、私たちはすぐに穴に入って、寝てしまった。
本当はすぐにでもこの人──めぐみ──の正体を知りたかったけど、めぐみに誘われたし、疲れていたので、一晩経ってから改めて話す事となった。
苗字は、と美羽が尋ねると、めぐみの顔が少し曇った。
「苗字は、ないよ」
「何で?」
「……私、記憶喪失だから」
めぐみはわざと気軽に言った。
それが精一杯の守りなのだろうと、私は気づいた。
気まずい空気の中、何か他の話題はないかと探してみたが、その前に沈黙を破ったのはめぐみだった。
「いいよ、気を使わなくても。ところで、あんたたちは何でここに来たの?」
話題を変えた事はすぐにわかったけど、食い下がってもしょうがないので、答える事にした。
とはいっても、ドリームウィングの任務の事もいえないし……。
「えーと……」
「──あたしなら大丈夫。地球人じゃないし、たぶんあんたたちとは仲間だから。
あたしはここに住んでるって話、したよね?
でも、ずっとここにいるわけじゃない。いつもは、地球人の基地に行って、基地を壊滅させてるんだ。
あたしも、あんたたちと同じ様に指名手配されてるよ」
「え!?」
予想以上の展開に、私はついていけなかった。
「だから、あんたたちと目的は同じ。信用してくれる?」
その瞳が、嘘をついていないと語っていた。
「……あたしたちは、地球人を倒すために、花びらを集めてるの」
「……ああ、あの《願いが叶う花びら》の伝説ね。知ってるけど、ただのおとぎ話じゃないの?」
「ううん、本当みたいなの。証拠は無いんだけど……」
「じゃあ、一つ目の花びらは『彗星の滝』にあるの?」
「というか、あった、ね。私たちが取ったの」
そういって、私はピンク色のケースから、花びらを取り出した。
「確かに、本当みたいだね、この花びらを見てると」
「でしょ?で、二つ目の花びらは『地底の湖』にあるの」
「ふうん。だったら、あたしも一緒に行ったげよっか?」
「え?でも……」
「……あんたたちなら、信用できると思うんだ。目的も同じなんだから、二人より三人のほうがいいでしょ?真衣、美羽」
「……まぁ、あたしはその方が嬉しいな」
美羽は賛成した。
「私も。反対する理由もないしね」
私たちが認めると、めぐみはにっこりとこう言った。
「じゃあ、決定!裏道があるから、地底の湖の近くまで一週間で行っちゃおう☆」
「え!?」
私たちは驚いた。
地底の湖までは、最低でも1ヶ月くらいかかると書いてあったからだ。
「いくらなんでも、それは……」
「この地下通路で、あたしより早く移動できる人はいないね。5年間、ずっとここを拠点にしてたんだから」
「5年間!?そんなに?」
「それ以外にやる事もなかったしね。それより、早く行ったほうがいいんじゃない?地球人も狙ってるんでしょ?」
「それもそうね」
「じゃ、行こう。よろしくね、真衣、美羽」
めぐみが手を突き出した。
「よろしく」
私と美羽は同時に言って、その手の上にそれぞれの手を重ねた。
こうして私たちは、めぐみを仲間に加え、決意も新たに地底の湖を目指す事となった。
第10章
めぐみと出発してから5日目。
私たちは、めぐみが仲間に加わってくれた事を心底嬉しく思っていた。
めぐみのおかげで、地底地図では4週間かかると書いてある距離を5日で進んでいたからだ。
「地底通路で、あたしに不可能はないよ。ただ、こっからは普通の通路を通るから、地球人と会うと思う。それなりに覚悟しててね」
その言葉で、私は身を固くした。
私は、今まで本当の戦いをした事はない。
さそりも竜も、私はほとんど何もしていなくて、幸運で生き延びたに過ぎない。
街で地球人と戦う時も、子どもだからと、戦いの場からは遠ざけられていた。
美羽もそれなりに経験はあるみたいだけど、やはり不慣れには違いない。
「大丈夫よ。あたしは絶対に負けないから」
めぐみのその自信がどこから来るのか、聞いてみたい。
まあ、それでどうにかなるものでもないので、覚悟を決めていよいよ本通路に入っていった。
1日目は何事も無く通路を進んでいけた。
「これなら、大丈夫そうだね」
そういって、私たちは適当な穴に入って寝袋にくるまった。
次の日も、順調に進んでいた。
私たちもだんだんお互いの事がわかるようになっていたので、話しながら先を急いでいた。
ところが……。
「静かにして!」
突然めぐみが緊迫した声で囁いた。
「誰か来る……あの穴に隠れて!」
私たちは近くにある手ごろな穴に身を潜めた。
「──にしても、あの逃げ出したやつ、本当にむかつくよな」
それは、地球人の兵士だった。
それも、聞き覚えのある声。
そう、私を殺そうとした三人組だ!
「女にやられるし、格下げされるし、本当最悪だよ」
「アーチ人のくせに、生意気だよな」
「ああ。あんなやつ、今頃天罰が下ってるよ」
その言葉を聞いて、私はふつふつと怒りがこみ上げてきた。
アーチ人からアーチを奪ったのは地球人だ。
なのに何で、アーチ人が悪いみたいに言われなければいけないんだろう。
悪いのは地球人。
アーチ人に、罪はないはずだ。
そう思うと、私は自分で自分を抑えきれなくなり、兵士たちの前に飛び出して、ナイフを投げつけた。
兵士は咄嗟の事で避けられず、それをまともに食らった。
とはいえ、怒りで手元が狂い急所は外してしまったので、兵士は腕から血が出ただけで、命には関わらなかった。
「こいつ、あの時の!」
そういって、兵士の一人が銃を構えた。
引き金を引こうとしたその時、めぐみが穴から飛び出して、そのままとび蹴りを食らわせた。
兵士は倒れたが、無傷の兵士はもう一人いる。
私は助けに入ろうとしたが、めぐみが戦っていた。
めぐみは強く、かなり優勢だ。
美羽は懸命に腕を切られた兵士と剣で戦っているが、押され気味だ。
どうしようか迷っていると、蹴られた兵士が起き上がり、襲ってきた。
私は剣を持つその兵士を瞬時にかわし、後ろからナイフを突き刺した。
見ると、めぐみはすでに自分の相手を殺し、美羽を助けている。
やがて、その兵士も2対1で倒れ、私たちはその、命を賭けた戦いに勝利した事を悟った。
「この、ばか」
めぐみが私を見て最初に呟いたのは、そんな言葉だった。
「何でわざわざ戦いに出るのよ。隠れてれば、見つからなかったのに……」
「まあまあ、勝てたんだから気にしない方がいいよ」
美羽が言った。
「でも、あんたたち二人だったら、間違いなく死んでたよ」
めぐみの言葉は、事実だった。
3人中、2人はめぐみが倒した。
あとの1人も、不意打ちで弱っていたので、普通に考えれば簡単に倒せる。
つまり、事実上私と美羽は何もできなかったのだ。
「あたしは、あんたたちとずっと一緒にいる事はできないけど──」
「え!?」
美羽が驚きの声を上げた。
「あたしは、いつまでも伝説にすがろうと思わないの。今は方向も目的も同じだから助けてあげてるけど、地底の湖を抜けたら、後は別行動ね」
私は、めぐみがずっと一緒に旅をしてくれると思っていたので、それにはショックを受けた。
でも、いつまでもめぐみに頼れない。
私も美羽も、心の底ではわかっていたはずだ。
それに、地底の湖を抜けるまでは一緒にいられるのだ。
それまでは、先のことは考えないようにしようと私は決めた。
だって、地底の湖に辿り着けるかどうかも、怪しいんだし…………。
第11章
私たちは、その日は少し早めに寝る事にした。
戦いで精神的に疲れていたからだ。
私たちは、地球人から隠れるために使ったあの穴で、そのまま寝る事にした。
どっちにしろ、洞窟内では、時間がわからないし……。
**********************
私は、夜中に突然目が覚めた。
無意識のうちに辺りを見回すと、めぐみがおきているのが少し見えた。
「……めぐみ?何やってるの?」
「ああ、真衣。見てわかんない?見張りよ」
「でも、昨日は寝たわよね?おとといは?本通路に入る前くらいは……」
「……正直に言おうか?出発してから一睡もしてない」
私は唖然としてしまった。
「言ってくれれば、交代したのに──」
「あたし、まだ完全にあんたたちを信用してないんだ」
めぐみは私の言葉を遮ってそういった。
「何で?もしかして、あなたの過去が……」
「ごめん、それはまだ話せない。でも、もしかしたら、あんたなら、信じられるかもしれない。
何でかはわかんないけど、あんたとは目的も同じだし、年齢も、過去の体験も似てる。だからかな、少しは気を許せた。
それでも、やっぱり……話せない……」
その気持ちを、私は痛いほどわかった。
私が美羽と仲良くなったのも、美羽が夢人と仲間になったのも、すべて同じ。
過去の体験の共有。
でも、それでも。
どうしても話せない、苦痛な体験をめぐみはしたのだろう。
それを無理に話させるのは、ただ傷を広げる事にしかならないだろうから。
「……その気持ち、よくわかるわ。別に、話したくないならそれでもいい。
でも、私たちの事は、信用してくれない?
過去にどんな事があったかは知らない。
私たちの過去はみんな違う。
私の過去も、美羽の過去も、めぐみの過去も、みんな違って、みんなつらいと思う。
めぐみの過去が一番つらいかもしれない。
孤独だったかもしれない。
でも…………」
そこで私は一旦言葉を切り、やがて微笑んでこういった。
「今は、独りじゃないでしょ?」
その言葉を聞いて、めぐみも微笑んだ。
「そうよね……独りじゃ……ない……よ……ね…………」
めぐみは、微笑みを保ったまま、ふらついて、倒れた。
私はめぐみを急いで支えた。
めぐみは、寝ていた。
私はふっと微笑むと、私が今まで使っていた寝袋の中にめぐみを入れてあげた。
そして、そのまま私は、一睡もしなかった。
**********************
次の日、めぐみはかなり早く起き出した。
「あれ?あたし、何で寝てるの?」
「えーと……私と話している途中で、寝ちゃったから、寝袋に入れてあげたの」
「でも、見張りは!?」
「大丈夫。私がしたから」
「ええ!?でも、眠くないの!?」
「めぐみが言える事じゃないでしょ?明日から、3人で交代でやりましょう」
本当は、めぐみが今までずっとやっていたのだから、美羽と2人で交代すべきなんだけど、正直それだと私の体が持たない……。
**********************
それから1時間後、ようやく美羽がおきたので、皆で食事を取ってから出発した。
「今日は少し急いで行きましょう。地底の湖はもうすぐよ」
めぐみがそういったので、私は必死に睡魔と戦いながら足を速めた。
あそこを出発して10時間ほど経っただろうか。
少し気が緩んできた時、先頭を行くめぐみが突然立ち止まった。
「どうしたの?」
「静かに。──誰か来る」
この地下通路で会う人の、99.9%は敵だ。
めぐみにはそう言われていた。
よおく目を凝らしてみると、近づいていたのは5人のアーチの兵士だった。
「戦うしか、ない?」
私はめぐみに問いかけた。
「ここでは隠れられる場所が無いしね……とりあえず、まずあたしが突撃してかく乱させるから、二人は後から入ってきて」
めぐみはそういって、兵士たちの元へと駆け出した。
第12章
「うわっ、何だこいつ!?」
5人の兵士は、突然駆けつけてくるめぐみを見て、かなり驚いていた。
しかし、すぐに気を取り戻したその兵士は、なんとすぐに銃を構え、発砲してきた!
しかし、めぐみはそれを見事に避け、銃を構える一人の兵士に足払いをかけて転ばせた。
バランスを失って倒れかけるその兵士に、めぐみは追い討ちとばかりにみぞおちに強力な一撃を加えた。
呆気に取られていたほかの4人が、一斉にめぐみに襲いかかろうと前方と横から襲い掛かってきたが、めぐみは後ろに飛びのき、すぐにナイフを突き出してそのうちの一人の腹を刺した。
戦うめぐみには、すでに人間としての情けは残っていなかった。
しばらくそのめぐみの容赦なき猛攻に見とれていた私も、すぐに戦いに加わった。
5人いたうち、2人はすでにめぐみに負けて転がっている。
3人のうち1人はめぐみ、1人は美羽と戦っている。
最後の1人の標的は──私だ。
その兵士は剣を構えて近づいてきたが、何を思ったのか突然私から離れて、剣をしまった。
そして、空いた手で、銃を構えてきた。
「お前ら3人……何かで見た事があると思ったら……ブラックリストに載っている……反逆者集団ドリームウィングの首謀者と、反逆都市から逃走した犯罪者と、地球人の基地を壊滅させたやつ……さしずめ、犯罪者の集まりか?」
その言葉に、私ははらわたが煮えくるような思いがわきあがった。
「アーチに突然現れて……侵略してきたくせに……何が犯罪者よ!さっさと出て行きなさいよ!!」
そういって、私は我を忘れて5メートルほど離れているその兵士のもとへ駆け出した。
「どうせ死ぬくせに、いい加減諦めたらどうだ?」
そういって、そいつはその銃の引き金を引こうとした。
しかし、間一髪のところでめぐみが後ろからドロップキックをヒットさせた。
「か弱い女の子に、銃を構えるなんて……最低ね」
めぐみはすでに自分の相手を倒していたらしい。
話しながらも、美羽の相手を慎重に狙っている。
そして、ナイフを狙い定めてひゅっと投げた。
一瞬でそのナイフは兵士の胸に突き刺さり、兵士は倒れた。
「さて……これで、全員片付いたわね」
淡々と語るめぐみは、まるで厄介なデスクワークを終えたかのような口ぶりだった。
「でも、こいつはどうする?まだ気絶してるわよ」
そういえば、私の相手は蹴られただけだった。
「苦しまないうちに刺しちゃいましょうよ」
めぐみはそういったが、美羽がそれを止めた。
「やめときましょうよ」
「何で?」
「だって、この人……アーチ人じゃない?」
「え?」
「ほら……」
よく見るとその人には腕輪がつけられていた。
赤色の腕輪で、地球人の奴隷である事を示す腕輪だった。
その腕輪には光電池と風力発電機、さらにGPSが内蔵されており、遠隔操作で電流を流す事もできる。
要するに、簡単に罰を与える事ができるうえ、脱走しても簡単に見つけられるという、地球人にとってはとても便利な道具なのだ。
ちなみに、一度つけられると二度と取れないと言われている。
「でも、これがあると、ちょっと困るわね……」
そういって、めぐみはどこからか長い剣を取り出して、その腕輪の、ある一部分をよく狙い定めると、思いっきり突き刺した。
すると、腕輪に点いている緑のランプが突然紅く点滅し、やがて消えた。
それと同時に、腕輪は静かに崩れ去った。
「すごい……」
私も美羽も感心していた。
絶対に取れないといわれる腕輪を、一瞬でその機能を停止させたのだから、当然だ。
「だいぶ前に1日中試したからね……実際に外したのは、これが……」
「初めてなの?」
「いや、200回目くらいかな」
その言葉に、私は耳を疑った。
めぐみはそんな事気にもしない、というような感じでまだ気絶しているその兵士の体をあちこち調べ、いじくっていた。
こうして、ますますめぐみの過去の謎は深まった──。
第13章
それから1時間ほどして、ようやくその男は目を覚ました。
「あ、お前たちは!」
そういって、銃を構えようとするが、銃はない。
銃も剣も、すでにめぐみが取り上げてあった。
「あんたはもう勝ち目が無いの。
あ〜あ、戦う気が無いなら解放してあげようかと思ったけど、この分じゃまた兵士に戻って情報を売り渡しそうだから、殺しちゃうか」
めぐみがあくびをしながらそういった。
「それだけは、やめてくれ!お前たちの仲間になるから、助けてくれ!!」
「へぇ、仲間にね……真衣たちはどう思う?」
めぐみは私たちに意見を求めてきた。
最も、めぐみの目的は意見を求める事より、焦らす事でこの男を懲らしめようとしてるんだと思うけど……。
「別にいいんじゃない?事情を話してくれるなら、だけど」
「あ、そうね。さあ、事情を話してちょうだい。何でアーチ人なのに地球人の兵士をやってるのか」
「ああ、それか?
おれは、少し前に地球人に捕まって、奴隷として働かされた。
でもあまりにきつかったから、絶対に裏切らない、裏切ったら殺されてもいい、という条件付で兵士になったんだ」
「そう。つまり、あんたは地球人に捕まって、アーチに住む全ての人が捕まったり殺されたりしているのに、ただ大変だったという理由でアーチ人を裏切ってたんだ……やっぱり殺しちゃおうか」
めぐみの声には、ほとんど何の感情もこもっていなかった。
「お願いだから、許してくれ!」
「そうねぇ……じゃあ、私たちの目的地に着くまで、あたしたちの護衛をしてもらおうか。それで、もしそこまであたしたちを傷つけなかったら、絶対に兵士に戻らず、ドリームウィングに入るかなんかして地球人と戦う、という約束をした上で解放するよ」
かなり厳しい条件だ。しかし、命を握られているその兵士には、断る事ができなかった。
「わかった……その代わり、地球人を倒したら、あとはどう生きようと自由だな?」
「ええ。それに、そこまで来てくれれば、後は別にドリームウィングに入らなくても、とにかく地球人側につかなければ自由よ」
「わかった……俺の名前は、稔(みのる)だ。よろしくな」
稔は手を差し出した。めぐみは無視して、ぷいっと横を向いた。
あまりにかわいそうなので、私は代わりに握手してあげた。
……あれ?
何か、不思議な感じがする。
私は、絶対にこの人と会った事はない。
なのに、ずっと昔から、そう生まれた時から、どこかで繋がっていたような……そんな感じだ。
しかし、稔はすぐに手を離したし、私のその不思議な気持ちも消えたので、私は気のせいなのだろうと思った。
それからは、4人での旅となった。
稔は、さすがに男なだけあって、力も強く、なかなか頼りになった。
ただし、稔が簡単にこちら側を裏切るだろう、とめぐみは考えていたようで、稔の前では秘密を話さないようにしていた。
例えば、私たちの目的、それに目的地などだ。
「もうすぐ(地底の湖に)着くけど、時間はかかるから、用心してね」
などと、常に主語を省くように心がけていた。
それでも、稔が最低限以上の情報を知ってしまうのは避けられない事だった。
「おれは裏切ったりしないよ。おれは一度言った事は必ず守るからな」
「たった今、嘘ついたじゃない」
稔を信用してはいけない。
それはわかっていたが、それでも私はなぜか稔の事を考えると、何か温かい気持ちが流れてくるようになっていた。
私は初め、その気持ちの正体が全くわからずにいた。
しかし、稔と旅を始めて3日くらい経ってようやく、私はその気持ちの正体をおぼろげにつかむ事ができた。
そう、それはまるで、地球人の侵略によって失ってしまった感情が、復活したかのようだった……。
第14章
地底の湖。
その言葉の由来が、ついにわかった。
あれから、長い下り坂が続いていて、ついにその下り坂が終わった時、目の前に広がるのは果てしなく広い湖だった。
「ここが、地底の湖、よね……」
美羽たちも、その広さに呆然としている。
「花……その、目的の物って、どこにあるんだろうね?」
美羽が問いかけた。
「たぶん……湖の中央だと思うわ」
私はそういってみた。
「何で?」
と、めぐみが聞き返す。
「いや、直感的にそう思っただけ」
「でもさ、中央はかなり深いんだろうから、湖に沈んでたら、ちゃんとした潜水用具がないと……」
稔が意見を出したが、美羽にすぐに反論された。
「水の中にはないよ」
「とりあえず、黙っててくれない?」
めぐみが何の感情も無い声で、優しく諭すように呟いた。
稔はいらついているようだったが、やがて何かを思い出したかのようにこういった。
「……そうだ、おれは地底の湖まで来たら解放される約束だったよな?」
「ああ、そうだったね。さっさと行っちゃいなよ、好きな所へ。その代わり、次に会った時、あたしとあんたが敵同士だったら、あたしは何の迷いも躊躇いも無くあんたを殺すから。あたしたちの強さは、もうわかったでしょ?」
そういいながら、めぐみは銃と剣を稔に放り投げた。
「……ちっ……じゃあな」
そう言って、稔は私たちから離れていった。
1分ほどで、その姿は見えなくなった。
「ふぅっ、なんか赤い鎖が解けたみたいね」
めぐみは、やっと肩の荷が下りた、という顔をしていた。
「なんで赤なの?」
「何となく。それより、舟でも作って中央を目指そうか?」
「舟?作れるの?」
「ええ、少し時間がかかるけど」
そういって、めぐみは周りに落ちていた枝をかき集めると、リュックから長い紐を取り出して枝をならべて固定した。
「すごっ……」
あまりに手馴れたその動きに、私は思わず見とれてしまった。
「はい、完成。これで1時間くらいは持つと思うよ」
「それ……誰から教わったの?」
「ああ、これ?別に、誰にも教わってないけど」
「………」
この人の万能さには、絶対に慣れないと思った。
「もうすぐ、中央よ!」
私は心底ホッとしたようにそう言った。
2人ずつ交代でオールを漕いでいたのだが、中心部に近づくにつれ波が激しくなっていき、結局3人で必死に漕いでいたのでかなり疲れていたのだ。
しかも、私は昨日見張りの当番だったので、かなり疲れが溜まっている。
「死にそう……」
体力が無い美羽が呟く。
「全然平気だけど?」
体力が有り余るめぐみが余裕の笑みを漏らす。
「じゃあ、スパートをかけよう!」
そういって、めぐみがさらに強くなる波に負けじとかなり力を込めてオールを押し出した。
すると、一気に舟は進み、ついに中央にある小島についた。
というか、こんな都合よく小島があると、もう疑いの余地もなくなるわけで……。
「あった!」
確かに、あった。
今度は、黄金色に輝く花びらだった。
私はそれを手に取り、眺めた。
その美しさに、私たちは3人とも魅入った。
その時だった。
突然、小島の周りの水が引いていった。
まるで魔法みたいだった。
そして、小島の半径プラス1メートルくらいの水の無い空間が作られた。
そして、その水の引いたところの地面が凄い音を立てて割れ、中から3体の巨人が出てきた。
それは、ドワーフだった。
第15章
ドワーフ。
とてつもなく強い力を持ち、地底で暮らしていると言われている伝説のポケm……じゃなくて、生物。
そのドワーフが、3体もいる。
それも、完全に囲まれていて、逃げ出そうにも水が邪魔をして全く身動きが取れない。
それどころか、ドワーフの進路上にあった舟もドワーフの巨大な足で踏み潰され、完全に動けなくなってしまった。
まず動いたのは、やはりめぐみだった。
めぐみは手にかなり鋭い短剣を持ってドワーフに向かっていった。
私たちがドワーフに勝てる可能性があるとすれば、私たちは素早く動く事ができる、という唯一の利点に賭けるしかなかった。
ドワーフの動きは遅く、めぐみはその攻撃をかわしてその短剣をドワーフの腹に突き刺した。
しかし、ドワーフは血まみれになっているにもかかわらず、全く動じずにめぐみをその巨大な手で掴み、締めあげた。
めぐみがあまりの痛みに悲鳴を上げた。
私はドワーフの手を、長い剣で斬りおとした。
解放されためぐみは、そのままうずくまった。
美羽は別のドワーフと戦っていた。
こまめに攻撃をかわし、少しずつ攻撃を加えている。
私は残ったドワーフに短剣を投げつけると、さっきの長い剣でさらに追撃した。
ドワーフは鋭い連続攻撃で痛みにのた打ち回ったが、私は無視して次々とその剣で刺していった。
そして、ドワーフがついに降参して後ろ側へ走り去った。
ドワーフは水の中に入ってしまい、そのまま凄まじい勢いで流されていった。
私はさっきの左手を斬りおとされたドワーフに向き直った。
しかし、すでに立ち直っためぐみがそのドワーフも水に追い詰めていた。
私の戦術を真似て、美羽もめぐみもドワーフを流した。
「やった!」
私たちが勝利に喜び、ハイタッチをしていると、突然水が大きな音を立て始めた。
「もしかして、この水はドワーフに反応してどいてたんじゃ……」
「てことは、ドワーフがいなくなった今は……」
そう、水は一気にその空間へと流れ始めていた!
私たちは、すぐにその水に飲み込まれた。
ああ……私は、ここで窒息して死ぬんだ……。
そう思ったが、もともとの深さが2.5メートルくらいだった事を思い出した。
つまり、今は勢いで一時的に上がっているけど、あと少し我慢すれば何とか水面に上がれる!
そう思い、私はなるべく酸素を消費しないように、体の力を抜いて流された。
もし美羽やめぐみも同じ事を考えていたら、同じ方向へ流されるだろうと思ったからだ。
そのうち、何とか一旦水面に上がれるようになった私は、周りを見てみた。
しかし、美羽もめぐみもいなかった。
そのまま流されていくと、ついに陸に上がる事に成功した。
何とか生き残れてほっとし、同時に美羽たちを探していると、後ろから声がした。
「また会ったな……」
それは、稔だった。
「どっかへ行ったんじゃなかったの!?」
「そのつもりだったが、忘れ物をしたんだよ」
「何?めぐみたちなら、流されてどこにいるかわからないわよ」
「いや、皆持ってるんだ。というか、すでに他の人たちは失くした、と思うがな」
「何なの?」
「お前らの……命だ!」
そういって駆けてくる稔の眼には、復讐の炎が灯っていた。
稔の攻撃を私は間一髪で避け、後ろから攻撃しようとした。
しかし、その攻撃は簡単に避けられた。
「お前の戦い方は、知ってるんだよ!」
そういって、稔は体術と剣術を組み合わせた連続攻撃で私を追い詰めてきた。
そのうちの一発が左腕に掠り、私の服の袖が切られ、腕には細い傷ができた。
傷からは血がにじみ出る。
「くっ……」
かなりの痛みで、私は右手でその傷を押さえた。
「これで、終わりだな!」
そういって、稔は長剣を振り上げた。
私は、その時、死を覚悟した。
第16章
稔が剣を振り下ろす、まさにその瞬間だった。
まるで神がかりでもしたかのように、私は短剣を取り出し、無意識のうちにそれを投げつけていた。
短剣は稔の胸に直撃した。
稔は大きく目を見開くと、そのまま倒れた。
「……な…さ………さん……」
最期に稔が呟いたのは、そんな言葉だった。
その時、私の目に美羽の姿が映った。
押し流される、美羽の姿だ。
私は急いで駆け寄った。
「良かった……また会えて……」
「でも、稔は…………やっぱり、めぐみの直感は正しかったね……」
「めぐみ……………」
あれから1時間。
めぐみは流されてこなかった。
「……一晩ここで過ごして、それでも流されてこなかったら、出発しましょう?
大丈夫、めぐみは強いから。絶対に、また会えるよ……」
そういう美羽の瞳にも、不安の色が見えていた。
でも、仕方ない。これも、運命だったのだろう。
そう思うしかない。
「あ、そうだ。花びらはどうなった?」
美羽が無理やり話題を変えた。
「花びらなら、ここにあるよ」
黄金に輝くその花びらには、私たちの悲しみの表情が垣間見えていた。
「頑張ろう、ね」
私はそう美羽に、そして自分に言い聞かせて、小さなピンク色のケースを取り出した。
夜空のような深い紫に染まる花びらの上に、黄金色の花びらを重ねて、ケースをそっとポケットにしまった。
こうして、希望と絶望が渦巻く中で、私たちの第二の冒険は幕を閉じた。
そしてそれは、第三の冒険の始まりでもあった。