「涼宮ハルヒの憂鬱」二次小説
フォーセッド・フール(前編)
それは俺たちSOS団の面々が揃って進級した始業式のおよそ1週間前、春真っ盛りの4月に入った初日の出来事だった。
桜はとある偶然によって半年早く咲いてしまったが、それでも今季2度目とは思えぬ見事な咲きっぷりを見せてくれ、ついでに俺たちは頼れる名誉顧問様の恩恵を受けて花見をさせていただく手はずとなっていた。
そして俺はというと少なくとも春休み中は何の苦労もなくハルヒの気の向くままに流されてのんびりと進級してやろうと目論んでいたのだが、誠に残念なことにそうはいかなかった。
誰のせいかなんて、言うまでもないだろう。
その日も不思議探しなる今まで何の成果も上げず、また今後も何の成果も上げないであろう集まりは俺のスケジュールにしっかりと記載されていた。
そしてこの集まりには、SOS団創設以来揺るがず厳然と受け継がれている当然の真理として一番遅かった者には伝票が待ち構えていたわけだが、いかんせん俺は宇宙人未来人超能力者に勝てるなどという妄想を蔓延らせておらず、まして我らが団長様を出し抜けるなどという幻想も持ち合わせていなかったため、開き直って時間ギリギリに行ってやろうと布団にくるまっていた。
そんな合理的な結論を出した俺に愛が欠片もこもっていないのしかかり攻撃を加えたのは、他でもない我が妹だった。
「キョ~ンくん!」
「いでっ!」
こいつ、兄に対する配慮というものをこれっぽっちも抱かないでいやがる。
くそっ、妹よ、なぜ男に生まれなかった。弟だったら即座に反撃してやるところだぜ。
「キョンくん~、電話だよ~」
ったく、こんな時間に電話してくるなんざどこのどいつだ。こんな時間に無理やり起こされて俺が不快感を感じないのは朝比奈さんだけだぜ。
「ハルヒお姉ちゃんから~」
無駄に間延びした妹の答えを聞き、俺は渋々電話を受け取った。というか妹よ、いつお前はハルヒの妹になりやがった。俺としては厄介払いができて清々するが、ハルヒがうんざりすると迷惑を被るやつがたくさん……
「何やってんのよキョン! 団長からの電話はかかってから5秒以内に出るのが義務でしょ!」
……そんな義務初めて聞いたし、固定電話にかけたんだから誰からかかってきたなんてのは出るまでわからんし、そもそも電話に出たのは妹だ。
「言い訳は聞きたくないけど、まぁいいわ。あたしは心が広いから許してあげるわ」
お前の心が広いというなら俺の心の広さはオーストラリア大陸にも匹敵するだろう。いやユーラシアか。
「そんなことはどうだっていいのよ!
キョン、あんた今日が何の日か覚えてないの!?」
はて、何のことやら。
あいにく俺は誰かさんに心地よい安眠を妨害されたばかりで、脳がまともに働いてないんだよ。
「まったく……あんたも日本人ならそのくらい覚えときなさいよ。
今日はエイプリルフールでしょ?」
エイプリルフールは日本の文化じゃねえと言いたいところだったが、俺はそんなところをいちいち指摘するほどひねくれてはいなかったため、もっとまともな質問を投げかけることにしてやった。
「だからどうした」
「嘘をつきなさい」
忘れていた。
こいつはまともな質問にまともな返事を返してくれるほどまともな奴じゃなかった。
「いいわね、これは団長命令よ。じゃ」
じゃ、じゃねぇよ。お前はこの説明で俺が全てを理解したと思っているのか。長門でももうちょいましな説明をしてくれるぜ。
「何で俺が嘘をつかなきゃならねえんだよ」
「もしかして忘れたの?
あんた、前にくだらない嘘をついた時に今度もっとちゃんとした嘘をつくって誓ったでしょ?
不思議探しの度に期待してたのに」
そんなもん期待するな。つーかまだ覚えてやがったか。
「当たり前でしょ?
今までは我慢してたけど、今日という今日はもう許さないわ。
せっかく嘘をついていい日なんだから、今日こそ嘘をつきなさい。
今日の不思議探しは来なくていいから。ただし日没までにひとつも嘘の電話をかけてこなかったら即刻打ち首でさらし首にしてやるんだから!
いいわね!!」
そういってハルヒは一方的に電話を切りやがった。わがままなやつだ。
にしても、日没までにうその電話をかけろ、とはまた無理難題を言いやがったもんだな。
そもそも、そんな簡単に嘘をつけるなら俺だってとっくについているんだ。
あの2週間の出来事は忌々しいほど鮮明に頭に残っちまってる。
もちろん、その時にハルヒから言われたこともな。
だが、残念ながら俺がその鮮明な記憶に従って嘘の電話をかけるには、一つ障害が残っちまっていた。
嘘なんか思いつかねえ。
だから俺は今まで嘘の電話をかけずにハルヒが忘れていると信じてずっと嘘をつくことから逃げてきたわけだが、その報いというには話が急すぎる。
しかし、あいつは本当にギロチンにかけてもおかしくないほど思考がぶっ飛んでいやがる。
死刑はないにしても、それと同じ程度の罰を与えることはやりかねない。
……なら、俺に残された道は一つだ。
日没までは……あと10時間くらいか?
……それまでに、必死で嘘を考えるしかねえよな。
そして、現在時刻は午後3時。
日没まではあと3時間。
俺はハルヒに一度も電話をかけていない。
そりゃそうだろ?
こんなプレッシャーの中でジョークなんか考えられるわけがねえ。
そんなこと要求する方が無謀だ。
まったく、ハルヒはいつからあんな風に他人に迷惑ばかりかける性格になったんだろうね。
……少なくとも、あいつは3……じゃなかった、4年前の七夕にはすでにああいう性格だった。
そしてそれ以前に遡ることはできない。しかもあいつが原因で。
まあ知りたくもねえけどな、ハルヒの幼少時代なんざ。
だがそういえば、あいつと出会ってからしばらくの間はすべてが嘘みたいな話ばっかり聞かされたな。
俺は何かのヒントになるかと思い、1年前の記憶を呼び覚ましていた。
ハルヒの奇抜な自己紹介から始まって、SOS団の誕生、そして長門との無味な出会い。
朝比奈さんが拉致され、古泉が連れて来られ。
長門のイカレた電波話に朝比奈さんの未来人宣言、そして古泉のハルヒは神である理論。
朝倉による殺人未遂と朝比奈さん(大)の登場、機関と神人と閉鎖空間。
そして……ハルヒの創った新世界。
sleeping beauty、か。
よくあんなことができたな、1年前の俺。心から尊敬するぜ。
とそこまで考えたところで、俺は唐突にあることを思い出した。
一度、古泉に嘘をつくように指示されたことがあった。冗談だったがな。
忌々しい、エンドレスな8月の話だ。
……おそらくこの時の俺は魔が差していたんだろう。
古泉の冗談を実行してみるか、なんて思っちまったんだからな。
(後編へ続く)
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