Our Story's Park(7)
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「ななのそよかぜ」

 第1章 入学式~オリエンテーション

 第1話

 今日は、私立そよ風女子中学校の入学式、および開校式。
 このそよ風中は、「少数精鋭」を目標に、10人1クラスで1学年20人という少人数クラスを編成する珍しい形の中学校として、2009年開校した新設の女子中学校である。
「……では、これにて入学式を終わります。
 講堂出口のクラス分けに従って各教室に移動してください」
 そよ風中に入学した数少ない生徒の1人、奈々実は、真新しい校舎にすっかり見とれていた。
「……すご~い……」
 壁、床、天井、全てがピカピカに磨き上げられていて、本当にすごい学校なんだな、と奈々実は思っていた。
 このそよ風中は、入学試験は一応あったが、合否に占める割合は4%くらいで、36%は内申、残りの60%は面接という、不思議な条件下で集められた生徒である。
 『とりあえず私立の体』というのがこの学校のコンセプトらしく、授業料も月10円という無駄な存在だ。
 この学校を運営しているのがかなりのお金持ちで、授業料なんて全く必要としていないという。
 奈々実が表に書いてあった通り2組の教室に着くと、すでに9個の机は埋まっていた。
 教室は普通の学校と同じ広さなので、無駄にあまったスペースが多い……かと思いきや、エアコンや本棚やリラックスできるソファーが置いてあって、無駄なスペースは全く無かった。
 こんな学校が存在していいの?という最もな疑問を浮かべながら、奈々実は席に着いた。
 それから2分ほどして、20代後半の女先生が入ってきた。
 長めのツインテールで、多少幼く見えるが、仕事はできそうに見える。
 ……しかし、外見と内面は一致しない事を、生徒10人は、まざまざと思い知らされた。
「今年1年皆さんと一緒に生活していく事にされた、澄香といいます」
(された、って……)
 教室に入って1分も経たないうちに爆弾発言をした彼らの担任を、生徒たちが揃って顔をしかめて見つめているのに気づいているかどうかはわからないが、澄香は話を続けた。
「この学校は、苗字禁止らしいので、私の事は澄香先生、と呼んでくださいね☆」
「……」
(どんな校則ですか。
 そして、どんなノリですか)
 奈々実は、自分は学校選択において重大なミスを犯してしまったのではないかと心配になりながらも、先生を注意深く見ていた。
「では、皆さんも順番に自己紹介をして下さい。
 あ、苗字は言っちゃいけませんよ」
 すると、いち早く立ち上がったのは一番前の席に座っていた、ツインテールの少女だった。
 ちなみに、席順は出席番号順……つまり、名前順である。
 もちろん、名前の方の順番だ。クラス替えの表にも名前しか書いていなかった。
「あたしの名前は泉美!
 趣味はサッカー、好きな物はカレー!!
 1年間よろしくね☆☆」
 そう言って勢いよく座った泉美だったが、勢い余って椅子ごと後ろに倒れてしまった。
 ……この学校で初めて、笑いが起こった。
「……大丈夫? 泉美ちゃん」
(……ちゃん?)
 生徒が生徒なら、先生も先生だった。
「大丈夫です……」
「あ、そう?
 ならいいけど」
 奈々実は今後の学校生活に大きな不安を抱いた。
 最も、今に始まった事でもなく、澄香が口を開いた瞬間からそれは始まっていたのだが。
「……じゃ、次の子、お願いしま~す」
 そう言われて立ち上がったのは、大きなリボンで髪を結んでいるポニーテールの生徒だった。
「……私の名前は琴里です。
 趣味は折り紙と、それから……歌を歌う事です。
 一年間よろしくお願いします」
 完璧だった。
 さっきの子も笑いという意味では超越していたが、琴里の自己紹介は、何と言うか……まともだった。
 泉美の例から、ボケを要求されていたのだろうかと不安になっていたほかの生徒たちも、琴里の紹介によってかなり安心していた。
 ホッとした様子で次の子が立ちあがろうとしたが、澄香がその前に口を開いた。
「へぇ~、歌が好きなんだ~。
 あ、じゃあ、ここで一曲歌ってくれる?」
「は?」
(……無茶ぶりだ……)
 この場にいる澄香以外の全員がそう感じていた。
 奈々実は、改めて自分がとてつもなく前途多難な学校に入学した事を思い知らされた。


 第2話

「あ、嫌ならいいよ?」
 さすがに教室の不穏な空気を察したのか、澄香は助け舟を出した。
 琴里はにこりともせずに軽くお辞儀をして、座った。
 そして、次に立ち上がったのは少しウェーブのかかったストレートヘアーの生徒だった。
「私の名前は紗輝です。
 好きな事は剣道、嫌いな場所は病院です。
 よろしくお願いします」
 はきはきとした口調で、奈々実は面倒見がよさそうだな、と感じていた。
「へぇ~、剣道が好きなんだ~。
 じゃあ、剣道部に入りたいの?」
「ええ、できれば」
「ふうん、そうなんだ~。
 でも、この学校は人数が少ないから部活はないよ?」
(だったら聞かないべきですよね。
 どこまで絶望に突き落とすつもりですか)
 奈々実は、この先生には鋭いツッコミ役が最低でも3人は必要だと思った。
「じゃ、次、お願いしま~す☆」
 そう言われて勢いよく立ち上がったのは、元気そうなショートカットの少女だった。
「ウチの名前は智衣や。
 今日から一年間、よろしくな」
 智衣は、どうやら関西出身らしかった。
「へぇ~、智衣ちゃんは関西出身なんだ~。
 じゃあ、何でここに来たの?」
 澄香がそう聞くと、智衣は突然黙り込んでしまった。
 どうやら、澄香は地雷を踏んでしまったらしい。
「じゃ、じゃあ、次。
 えーと……奈々実ちゃん、でいいのかな?」
 5人目にして突然先生が名前を言った。
 奈々実は予測不能な人だな、と思いながら、自己紹介をした。
 ちなみに奈々実の髪型は短めのポニーテールだ。
「私は奈々実。
 趣味は映画を観る事です。
 よろしくお願いします」
「へぇ~、映画が好きなんだ~?」
「ええ、まあ」
「なんか……地味だね」
 澄香は奈々実の心に強烈な一撃を加えた。
 まさか生徒の自己紹介を一蹴する先生がいるとは、誰も予想していなかっただろう。
「じゃ、次」
「はい」
 堂々と返事を返したのは、うなじが隠れるくらいまで髪を伸ばした、いわゆるセミロングの少女だった。
「風華です。
 好きなものはカレーライス、得意な事は弓道です。
 よろしくお願いします」
 誰からとも無く、自然と周りから拍手が巻き起こった。
 人の前に立つ事に慣れているのだろうか、彼女は本当に堂々としていた。
「弓道か~。
 私もやった事があるんだよね~」
「本当ですか?」
「いや、弓道部の顧問を2ヶ月だけ。
 1月に顧問の先生が産休になって、他に人がいなかったから」
 澄香は、生徒一人ひとりの紹介にオチをつけないと気が済まないらしい。
「で、次は……優菜ちゃん?」
「先生、あたしの事とばしてませんか?」
 そういって立ち上がったのは、確かに風華の後ろにいる、セミショートくらいの髪型で背の高い生徒だった。
「ああ、忘れてた、ごめんごめん。
 じゃ、どうぞ」
「あたしの名前は実紗。
 好きなものは蕎麦、嫌いなものは蕎麦以外の麺類です。
 よろしくお願いします」
 極端な子……。
 奈々実が最初に抱いたのはそんな感想だった。
「ま、人それぞれだもんね」
(どんなまとめですか。
 ていうか、ノータッチですか)
「じゃあ、優菜ちゃん」
「……はい。
 私の名前は……えーと……優菜です」
(いや、ついさっき先生が呼んでましたよね?
 ていうか、12年間その名前で生きてきたんですよね?)
「えーと……趣味は……書道です。
 それから……えーと……」
(いや、無理して何個も項目入れなくてもいいんじゃ……)
「……よろしくお願いします」
(それを忘れてたんですか?)
 奈々実は、心の中で突っ込むのにもいい加減飽きていた。
 そして、この学校におけるボケ属性とツッコミ属性はバランスが取れているのだろうかと、心配になった。


 第3話

「ありがと、優菜ちゃん。
 じゃ、次は……」
「私です」
 そういってゆっくりと立ち上がったのは、きれいなストレートヘアーの少女だった。
「私の名前は理恵です。
 好きなものはミルクティーです。
 よろしくお願いします」
 そういって、理恵はにっこりと微笑んだ。
 それは、女の奈々実が見ても、美しいと思えるような笑みだった。
 琴里や風華のような、完璧な少女とはまた違う、でもやはりきれいな挨拶だった。
「ふうん、ミルクティーが好きなんだ~。
 あ、ここに紅茶があるけど、飲む?」
(どんな扱いですか?)
「ぜひお願いします」
 澄香は理恵にミルクティーを渡すと、また教壇に戻った。
「じゃ、最後に……若葉ちゃん?」
 若葉と呼ばれた、メガネをしているショートカットの少女は、にこりともせずに立ち上がった。
「若葉です。よろしくお願いします」
 そして、澄香が促す前にさっさと座ってしまった。
「……ま、これで全員の紹介が終わったから、少しこの学校について説明するね。
 さっき少し言ったけど、この学校は部活はありません。
 同好会として生徒が自主的にやるのなら止めませんが、学校側は何の責任も持ちません。
 ついでに、先生もつきません」
 無責任な学校だ。
「この学校の先生は私の他に1組担任、そして校長と、合わせて3人しか先生がいません」
(少ない……。
 ていうか、教科担任制じゃないんですか?)
「あ、大丈夫。
 私もあっちの先生も、全教科教えられるから」
(心読まれた?)
「……それから、連絡。
 明日から、2泊3日の宿泊体験ね」
「……え?」
 生徒たちが声を上げた。
「急すぎませんか?
 第一、3日後は土曜日ですよ?」
 風華が最もな質問……もとい、反論をした。
「あら、忘れてるの?」
「何をですか?」
 澄香がよくわからない質問をしたので、風華が逆に問いかけた。
「……ここは私立よ?
 授業時間をどれだけ増やそうが自由よ」
「……そんないい加減でいいんですか!?
 代休とかは!?」
「ああ、代休?
 一応、反動で月曜日は……」
「休みですか?」
「いや、午前下校。
 だって、知り合って間もないのに、休みとか多すぎたら仲良くなれないでしょ?」
 澄香の言葉は、一応説得力があった。
 ……しかし、それに説得されるかは生徒次第なわけで……。
「どっちにしたって、急すぎますよ!
 普通は入学のしおりとかに書いておくものなんじゃないんですか?」
「そういう突然の事態にも対処できる力を育てるのが目標だから。
 で、これ、オリエンテーションのしおり」
 そういって、澄香は生徒たちにパンフレットのような物を配った。
「じゃ、今日は給食もないし、この学校は掃除自体無いから、これで解散。
 準備がんばってね~。
 ……あ、明日は7時半集合だよ」
 そう言い残して、澄香はさっさと去ってしまった。
 奈々実は、このまま帰るのもなんだかもったいない気がしたので、とりあえず今日知った10人の人の中で、一番親しみやすそうで、また一番気になった子に話しかけてみることにした。
「あの~……」
「ん?」
 奈々実が話しかけた相手とは、トップバッターで、しかも一番破天荒な自己紹介を繰り広げた、泉美だった。
「どうかしたの?えーと……奈々子ちゃん?」
「奈々実です」
「ストップ!
 敬語とか使わないでよ。
 あたし、よそよそしい感じ、嫌いなんだ☆」
(……見ればわかります)
 奈々実は今日何度目かわからないため息を小さくついた。


 第4話

「それで?どうかしたの、奈々ちゃん?」
(略された?)
「いや、別にこれといった用事はないんだけど……」
 すると、突然泉美の顔から笑みが消えた。
「……だったら気安く話しかけてこないでよ」
「え?」
 奈々実が突然の変身ぶりに戸惑っていると、泉美は再び満面の笑みを浮かべた。
「……どう? ツンデレっぽかった?
 一度やってみたかったの~!」
「………」
「あれ? 気に障った?
 何ならもう一度やり直して……」
「いや、いいよ。
 ところで、泉美さ……ちゃんって、これからどうするの?」
 奈々実は泉美さん、と言いそうになったのを何とかこらえたが、泉美はまだ不満そうだった。
「……あたしの事は、呼び捨てにして。
 ね? 奈々ちゃん☆」
 もう諦めた。
「わかった……じゃ、泉美ってこれからどうするの?」
「……あたしは、普通に明日の準備をするけど……奈々は?」
 ころころ呼称が変わる娘だ。
「ん……まぁ、私も同じだけど……。
 あ、だったら一緒に準備しない?
 買うものもあるだろうし」
「いいね~。
 あ、でも、今お金持ってきてないんだよね……」
「え?
 でも、少しくらいならあるんじゃ……」
「……無駄なお金は申請できないから……」
「……え?」
「……あ、いや、何でもないよ。
 とにかく、今日はちょっとやる事があるから、これで。
 ごめんね、奈々たん」
「……その呼び方はやめて」
 泉美は無邪気に手を振って教室を出て行った。
「……あの子、面白いわね」
 いつの間にか、奈々実の隣には風華が立っていた。
「……?」
「あなたも、そう思って話しかけたんでしょ?奈々実さん」
「え?……私は……」
 奈々実が言葉を発する前に、風華はまた話し出した。
「じゃあ、私はこれで。
 明日から3日間、よろしく」
 風華の態度は、常に自信に満ち溢れていた。
 教室を出て行こうとする風華を奈々実が呆然と見ていると、
 風華は突然、もう一度振り返って、こう告げた。
「……いつまで教室にいるつもりなの?奈々実さん」
「ふえ?…………あ!」
 奈々実があたりを見回すと、教室にはすでに誰も残っていなかった。

「……あの……優菜さん?」
「……はい?」
 下校中の優菜を見つけた理恵が、声をかけた。
「……えーと……あなたは……」
「あら、もう忘れたんですか?
 私の名前は理恵。
 あなたのクラスメートです」
「あ……すみません……」
「いいんですよ。
 ところで、さっきは面白い自己紹介でしたね」
「……そうでしたか?
 私は真剣にやってたんですけど……」
「あら、すいません」
 優菜が頬を膨らませたので、理恵は軽く謝った。
「……で、何の用件でしょうか?」
「もしよければ、この後一緒に喫茶店にでも寄って、一緒にお昼でも食べませんか?」
「……でも、下校中の飲食は……」
「この学校は許可されています」
「……どうして私と?」
「いえ、せっかく同じ学校になったんですから、少しは親交を深めておいた方が明日からの合宿もうまくいくのでは、と思っただけですよ。
 ……それに、そういった事を抜きにしても、私はあなたに興味があるので……」
「……そうですか?
 なら、私は構いませんが……」
 優菜は首をかしげた。
「……あなた、何か企んでませんか?」


 第5話

「あの……風華さんですよね?」
「はい!?」
 デパートで明日持って行く物を買おうとしていた風華は、突然声をかけられて驚いた。
「……すみません、驚かせてしまったみたいで……」
 声をかけたのは、紗輝だった。
「あら、紗輝さん。
 あなたも明日の準備?」
「ええ。
 全く、破天荒な学校ですよねぇ……」
「そうね。
 それに、生徒も先生もなかなか問題がありそうじゃない?」
「……そうでしょうか?
 私は、澄香先生も、泉美さんも含めて、みんな個性的で面白い学校だと思ってますよ。
 それに、学校も、問題があるとは思いませんが……。
 風華さんも、そう思ってこの学校に入ったのではないんですか?」
「ええ、まあそうだけど……」
 風華は、自分は紗輝とは意見が合いそうにないと感じていた。
 紗輝は天性のリーダータイプで、どんな個性も特徴も受け入れる事ができるのだろう。
「……あ、すいません。
 私は他に買うものがあるので、これで。
 明日からまたよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ。
 2泊3日、大変だけど頑張りましょうね」

「ふうっ……」
 自分の部屋に戻ってきた泉美は、大きくため息をついた。
「……あ、忘れるところだった……」
 泉美は携帯を取り出すと、ある番号を呼び出して、電話をかけた。
「……もしもし?」
 電話相手の男は、すぐに本題に入った。
『どうだった、今度のは』
「まあまあです。
 私以外にもいるので、心配はないと思いますが」
『……そうか。
 だが、油断するな。
 あのクラスには、小学校でもめ事を起こした者が3人以上いる。
 おそらく確実に、爆弾が生まれるだろう。
 少なくとも、一ヶ月……そうだな、ゴールデンウィーク後の週あたりまでは、お前は離れてはならないだろう』
「……どっちにしたって、あなたが決めるんでしょう?」
『私ではない。
 だが、気をつけろ。
 絶対に怪しまれてはいけないからな』
「わかってます。
 ……慣れてるんですから」
『ああ、それはわかっている。
 だが、今回のはまた違うからな。
 特殊な環境だ。
 くれぐれも注意しろ』
 男はそういうと、一方的に電話を切った。

「ただいま~」
 奈々実が家に着くと、さっそく奈々実の母が出てきた。
「おかえりなさい、奈々実。
 どうだった、学校は?」
「……一言で言うと、先行きが不安」
「え!?どういう事なの!?」
「後で話すから。
 まず、準備しないといけないものがあるの」
「何?」
「……明日から、2泊3日のオリエンテーション合宿があるの」
「…………ええ!?」
 奈々実の母はとても驚いた。
 突然自分の娘が明日から合宿、というのだから、驚くのも無理はないが。
「そんなの急すぎるわよ、いつから知ってたの?」
「私も今日初めて聞いたの。
 サプライズの好きな学校みたいよ?」
「……で、持ち物は?」
「ここに書いてあるわ」
 奈々実はパンフレットを渡した。
 用意する物はかなり多かった。
 同じような風景が、他の19人の家でも見られているのだろう。


 第6話

「全員集まった?」
 バスの中で、澄香が生徒たちに呼びかけた。
「泉美さんがまだです」
 即答したのは、やはり風華だった。
「そっか~、泉美ちゃんか~。
 他は?」
「全員います」
「わかったわ」
「あの~……ところで、どこへ行くんですか?」
「私たちは、長野にある、学校の持ち主の別荘。
 1組はまた別のところよ」
「ええ?一緒じゃないんですか?」
「いきなり2クラス一緒にしたら、混乱しちゃうし、つまんないでしょ?
 このオリエンテーションはクラスの交流を深めるための合宿なんだから」
「……ていうか、別荘があるんですか?」
「このために買ったらしいわよ?
 ここの持ち主、相当なお金持ちだから……」
「遅れてすみませーん!!」
 ハイテンションで、泉美がようやく到着した。
「……まあ、5分くらいだから別にいいけどね。
 さて、じゃあ出発するぞー!」
「………」
 バス内は静まり返っている。
「あれ~?
 元気がないぞ~??
 じゃあ……」
「先生。
 そういうのって、バスガイドの仕事なんじゃないですか?」
「バスガイドには集合場所を万里の長城だと伝えておいたから、私が代わりにバスガイドをやるの」
(騙されたんですか?そのバスガイド。
 そして何の目的が?)
「この合宿は親睦を深めるためのだから、テンションを上げていかなきゃだめでしょ?」
 一応、正論ではあった。あくまで一応、だが。
「というわけで、挨拶もう一度やり直し!!
 出発するぞー! って言ったら、おー!! って言ってね!!」
(教えるのが遅くないですか?)
「じゃあ、出発するぞー!!」
「……おー……」
 この程度のやり取りでノッてくれるほど、そよ風中に集まった生徒は純真ではなかった。
「あれ~?
 元気がないぞ~??
 じゃあ……」
「先生。
 もういい加減やめませんか?
 無限ループの予感がします」
 風華のその言葉に、他の9人もこくこくと頷いた。
「……わかったわかった。
 じゃ、出発進行~!!」
 奈々実は、すでにこの朝の10分間ほどのやり取りだけで気疲れしてしまっていた。
「……じゃ、まずはこれからの日程ね。
 この後、10時に別荘に到着したら、11時まで荷物整理・自由行動。
 部屋は11人とも同じ部屋だよ」
「……え?
 先生も一緒なんですか?」
「うん。だって、たった11人だし、部屋も広いし。2部屋も借りたらもったいないでしょ?
 で、昼食はカレーライス。
 野外にキャンプ場があるし、材料も揃ってるから、みんなが作ってね。
 私も食べるから」
 本当に自由奔放な先生だ。
 ……わがままともいう。
「その後の事は後で伝えるとして、何か質問は?」
 特に聞きたい事もなく、誰からも質問は出なかった。
 澄香は、抜けているようで実はしっかり重要なことは完璧に連絡できていたりするのである。
「じゃあ、あと1時間くらい暇なんだけど、今から何する?
 ……カラオケでいいね?」
 澄香は、誰も何も意見を言わないうちに確認段階に入っていった。
 最も、誰からも反論は出なかったのだが。
「……でも先生、たいていこういうバスのカラオケって古いか、大人向けの曲ばっかりなんじゃないですか?」
 琴里がそう尋ねたが、澄香は指をちっちっと左右に振った。
「甘いわね……琴里ちゃん。
 この学校が、そんな事で手を抜くと思う?
 曲は昨日発売のシングルまで入れてあるわ。
 もちろん内容も、残酷な天○のテーゼから夜○け生まれ来る少女、W○NGに聖なる○みを抱いてに蒼○炎まで、しっかり収録してあるわ」
 さすがは私立。
 奈々実は、お金持ちのやる事は違う、と心底思った。
 ……でも、全部同じアーティストの曲だった気がするのは、気のせいですか?


 第7話

「じゃあ、ここのインターチェンジで20分間休憩。
 お土産とかおやつとか買ってもいいし、別に遅れなければ何しててもいいよ」
 本当に自由な学校だ、とバスを出ながら智衣は思っていた。
 カラオケも、澄香がずっと歌っていたし……。
「智衣ちゃん♪」
 突然、智衣は誰かに後ろから思いっきり背中を押され、思いっきり前につんのめった。
「痛い!
 何するんや!?」
 そういって振り向いた智衣の目に映ったのは、ツインテールの少女だった。
「ああ、泉美。
 何の用や?」
「いや、別に用はないけど?」
「だったらどつくな!!」
 智衣は、どこからか取り出したハリセンで泉美の頭を叩いた。
「やっぱり、容赦ないね。関西人のツッコミは」
「……関西バカにしとんのか?」
「ううん、違うけど。
 なんか、元気ないな~と思って」
「あんたには関係ないやろ。
 大体、いつものうちが元気やって、何でわかるんかいな?
 会って2日目っちゅうのに」
「直感だよ、直感」
「直感で人を突き飛ばすな!」
 泉美にハリセンの2発目が炸裂した。
「ごめんごめん。
 でも、間違ってないでしょ?」
「そらそうやけど……」
「でしょ?
 このクラスを盛り上げるのは、智ちゃんの仕事なんだから、ね」
 智衣は、呼び方はスルーする事に決めた。
「ね、って……。
 盛り上げるんは、あんたの仕事ちゃうんか?」
 確かに、昨日1日を見ている限りでは、確実にクラスのムードメーカーは泉美だ。
「私1人じゃ大変だって」
「10人しかおらんクラスだったら、あんた1人で十分やろ」
 智衣は半分呆れたように言った。
 泉美の雰囲気に取り込まれているようだった。
「そんな事ないよ。
 それより、とりあえずあっちで遊ばない?
 長い休憩なんだから……」
「……別にええけど、何するつもりや?
 インターチェンジで遊ぶって、危なくないんか?」
 確かに、車が常に出たり入ったりしているICは、あまり駆けずり回るのに適した環境とはいえないだろう。
「大丈夫大丈夫!
 ノープロブレムだよ、智ちゃん!!!」
「……何でおんなじこと3回言うた?」
「……ほら、見てよ。
 あそこに広場があるでしょ?」
 泉美が指差した先には、確かに大きな広場……というか、草原があった。
「ほら、さっさと行こうよ」
「……泉美……本気で言うとんのか?」
「本気だって。
 インターチェンジの中ならどこに行ってもいいって、澄香も言ってたじゃん」
「……確かに先生はそう言うとったな。
 でもな……」
 智衣が言い終わらないうちに、泉美は駆け出した。
「ほら、こっちこっちー。
 広くて気持ちいいよー!」
 泉美は広場の中央に立って、智衣を大声で呼んだ。
「……泉美……冗談もほどほどにしいや。
 度が過ぎとるんちゃうか?」
「何の事?」
 智衣は、ふうっとため息をついて、こう告げた。
「泉美……周り見てみ」
「え?」
 泉美が辺りを見回すと、何匹もの虎がいた。
「どういう事!?」
「このICには動物園が併設されてるんや。
 あんたが入ったんは、広場は広場でも『トラ広場』や」
 泉美を、3匹のホワイトタイガーが取り囲んだ。
「うそでしょ!?
 たすけてよー!!」
「無理にきまっとるやろ!
 うちがそこへ行く事は、自 殺以外のなにもんでもないわ!!」
 智衣は、ハリセンの短さを悔やんだ。


 第8話

「まったく……トラ広場になんか入ったら危ないでしょ?」
 澄香が、奈々実たちが知る限り初めて、先生らしく泉美を叱った。
 ……その割にはどこか楽しそうな気もするが。
 ちなみに、あの後智衣が澄香に急いで連絡した事で、助けに来た澄香によって泉美は見事救出されていた。
「今度からは、安全な動物の広場かどうか確認して入りなさいよ?」
 ちなみに澄香はモルモット広場にいた。
「はい……」
(根本的に違うだろ、教えも返事も)
 そんなこんなで、ようやく奈々実たち11人は、オリエンテーションを行う長野に到着した。
 ちなみに現在の長野の天気は晴れ、気温も寒くなく、むしろ暖かいくらいだ。
 要するに、こういう活動をする場合には適した天気である。
「……じゃあ、さっそくカレーライス作りに入ってくださ~い♪」
 澄香はそう指示すると、さっさと施設の中に入っていった。
 館長に挨拶に行く、という行動は、今まで散々破天荒な行動をしでかし続けた澄香にしては比較的まともだ、と奈々実たち10人は共通の認識をしていた。
(でも……せめて作り方くらいは教えてよ!)
 というツッコミも生徒たちの共通の認識である。
「まあ、ここに材料はあるから。
 とりあえず作ってみましょう?」
 紗輝がそう提案したので、生徒たちは作業に取り掛かる事となった。
 こういう体験を初心者がやると、普通なら失敗してしまうだろう。
 しかし、みな料理はそれほど苦手でも無く、作業は手際よく進んでいった。
 ……もちろん、泉美だけは例外で、開始早々包丁で手を切り、その直後に持っていた材料を軒並み落とすという大失態をしたため、以後仕事をする事を禁じられた。
 だが、それさえも、奈々実の目には好意的に映っていた。
(なんだか、いい雰囲気ね。
 これなら、1年間楽しめそう……)
 実際、全員、顔には笑顔を浮かべて、楽しそうではあった。
 そして、カレーライスが出来上がった。
 初心者にありがちなスープカレーでもおこげでもなく、しっかりとカレーライスの体を保っていて、全員が満足できる仕上がりとなっていた。
 しかし、施設から出てきた澄香の第一声は、これだった。
「……まさか本当にできるとは……」
 生徒たちは、自分たちの予想の斜め上を行く、「感嘆」ではなく「落胆」という澄香のリアクションに、訳もわからず戸惑っていた。
「失敗してるだろうと思って、カレーライス作ってたのに……」
「え?」
 澄香が抱えていた鍋は、奈々実たちが作ったものと同じ……というか、それよりさらに本格的な、インド風のカレーだった。
「……先生?」
「もともとオリエンテーションだから、失敗を通じて分かり合うのが目的で、料理にははなから期待してなかったんだけど……」
 澄香の発言は、完全に生徒たちに対して失礼である。
 教師として、以前に人間としてどうかと思われる言い草だ。
「初心者ってこんなうまく作れるの?」
「メンバーがよかったんですよ」
「……困ったね~」
 普通の教師なら、生徒の見事な協力ぶりに喜ぶべきなのだが……。
「せっかくカレーの一流シェフをわざわざ派遣して
もらってたのに……」
 澄香はあからさまにがっかりしていた。
「みんな、2人分食べられる?」
「無理です」
 風華がそう即答すると、周りの生徒たちがそろって頷いた。
「そんな事言わずに、ね?
 絶対おいしいって」
「そういう問題じゃありません!!」


 第9話

「じゃあ、今日はこれで予定は終了、後は遠くに行かなければ自由行動。
 6時から夕食だから、それまでにここに戻ってくれば外に行ってもいいし、中にいてもいいよ。
 私は用事があるから、みんなで楽しくやっててね~」
 生徒たちを部屋に案内するとすぐに、澄香は部屋を出て行った。
 とはいえ、10人が10人、ほとんど初対面に近いようなものである。
 そう簡単に打ち解けられるものではない。
 が、10分ほど黙々と荷物を片付けているうち、まず泉美が耐え切れなくなった。
「ねえ!
 この空気、おかしいって!
 絶対に変えないとまずいよ!!」
「どうやって?」
 その反論は、必然だ。
 必然すぎて、誰が言ったかも覚えていなかった。
「何でもいいから変えるの!
 あ、じゃあ、トランプでもしない!?」
「持っとるんか?」
「持ってないけど」
「じゃあどうやってやるんや!!」
 智衣がハリセンで泉美を思いっきり叩いた。
「じゃあ、とりあえず散歩でも行かない?
 部屋の中にいても、つまんないだけだし、ね☆」
 他の生徒も、その意見には賛成できたようで、全員ぞろぞろと部屋を出て行った。
 ただし、若葉だけは1人部屋を出ずに、黙々と読書をしていた。
 出て行く生徒には、目もくれなかった。

「奈々ちゃん♪」
 泉美が、奈々実に後ろから声をかけた。
「何なの?泉美。
 ……ていうか、奈々実なんだけど……」
「いいでしょ?別に。
 それより、どっか行かない?」
「あんまり遠くに行くと危ないよ。
 私は、この近くを適当に散歩して、時間を潰そうかと思ってたんだけど……」
「そんなんじゃ面白くないって!
 木登りでもしない?」
 施設は森に囲まれており、確かに木登りをするにはもってこいの環境ではある。
 ……しかし、実際にやるかどうかは別問題。
「やめとこうよ。
 落ちて骨折でもしたら大変でしょ?」
「大丈夫大丈夫。
 ノープロブレムだよっ」
「……でも、やっぱり危ないって」
「心配しなくても平気。
 あたし、こう見えて運動神経いいから」
(どう見られてるつもりなの?)
 少なくとも、この少女を頭脳派であると考える人は、そよ風中には存在しないだろう。
「それに……」
 奈々実はなおも止めようとしたが、すでに泉美は登り始めていた。
「ほら、早くおいでよ、奈々ちゃん☆
 ……ってあれ?どうかしたの?」
 奈々実は泉美に背を向けていた。
「こっち向いてよ、奈々ちゃん」
「……だって……その……。
 この中学、制服スカートだし……」
「え?
 …………あああっ!!」
 泉美が驚いて両手でスカートを押さえつけた。
 ……木登りは手を使ってする遊びである。
 つまり、木に登っている最中に両手を離すという行為は、自殺と同義である。
「きゃあああああああっ!!」
 自らの失敗に驚いて悲鳴を上げた泉美は、今度は落ちていく事に悲鳴を上げた。
「泉美っ!!」
 奈々実は咄嗟に泉美の真下に走っていった。
 しかし、それは本当に咄嗟の出来事だった。
 当然、奈々実に何か策があったわけでもなかった。
 泉美は重力にしたがって、奈々実の顔を思いっきり踏みつけて、奈々実の顔を蹴った反動でバランスを整えて見事着地に成功した。
 そして踏みつけられた奈々実は、思った。
(あ……わかった……。
 この学校に入った事が、死亡フラグだ……)
 奈々実は意識が遠のくのを感じた。


 第10話

 奈々実たち9人が部屋を出てから10分後の事。
 その部屋にはすでに誰もいない……わけでもなく、若葉が黙々と読書をしていた。
 物音はなく、あるとすれば若葉がページをめくる音と、時折する枝と枝が激しくぶつかるような打撃音だけ。
 そんな密室の扉を、誰かがコンコンとノックした。
「……若葉さん?いたら返事してくれる?」
 声の主は、紗輝だった。
「………いる」
 若葉は扉には目もくれずに答えた。
 だが、紗輝はそれでも満足に思ったらしく、扉をゆっくりと開けた。
「ねえ……若葉さん?」
「何」
 若葉は全く目を上げない。
 紗輝と話している間にも、ページを一定の間隔でめくっていく。
「さっきから、何を読んでるの?」
 若葉が、ページをめくる手を止めた。
 無言のまま、若葉はその本のブックカバーを取った。
 ……フランス語でタイトルが書いてあった。
 若葉は紗輝がその光景を脳の片隅くらいには焼き付けたであろう事を確認すると、カバーを傍らに置いて読書を再開した。
「……難しそうな本ね」
 紗輝はそう言った。というか、タイトルが読めないのでそれ以外に言う事がなかった。
「……ところで、外には行かないの?
 外の空気は気持ちいいわよ?」
「窓を開けてある」
「でも、運動しないといけないわよ?」
「学校まで走ってきた」
 本当に、これっぽっちも生命力を感じない受け答えである。
「…………あなた、どうして、ここへ来たの?」
 ページをめくる手が止まる。
「……どういう意味」
「何度か会った事があるのよ、あなたみたいな人。
 ……人との関わりを嫌い、極端に感情を押し殺 す人」
「………」
 若葉は何も言わない。
「……でも、ね。
 あなたが、そんな人なら、あなたはここに来る必要はなかった。
 普通に、普通の中学で、沈黙を貫くのが、一番簡単だし、簡単な選択肢だったはず。
 ……でも、あなたはここに来た。そうでしょ?
 なら、このまま誰とも関わらないのは、あなたの望むものじゃない。
 だから……」
「違う」
 若葉の、小さいながらも、はっきりとした、否定の言葉。
「私が望んだのは、そんな事じゃない」
 紗輝は、困ったような顔をしていたが、実のところ、そんなに困ってもいなかった。
 むしろ、この無口な少女から自分の意志を引き出せたので、満足してすらいた。
「……私が望んだのは……」
 その時、部屋の扉が勢いよく開いた。
「ねえ、先生どこにいるか知らない!?」
 泉美だった。
 奈々実を担いでいた。
「……知ってる」
 若葉がそういって、扉の向こうを指差した。
「あっちに、澄香先生が待機する部屋がある」
「ありがと、若葉ちゃん!!」
 泉美は元気よくそう言うと、部屋を飛び出そうとした。
 が、
「うわああっ!」
 泉美は元気よく転んでしまい、おぶられていた奈々実は再び床に頭を叩きつけられるという不運極まりない事になってしまった。
「私が手伝うわ!
 というか、泉美は何もしなくていい!!」
「……私も手伝う」
 紗輝と若葉がそういって、奈々実を一緒に持ち上げると、部屋を出て行った。
 転んで痛がっている泉美は放置した。
 部屋に入る直前、若葉はそっと呟いた。
「……さっきのあなたの言葉には、深く考慮する価値がある」
 その言葉を聞いた紗輝は、改めて、さっき自分が若葉とした話は、有意義なものだったと実感した。
「……ありがとう」
 その言葉を発したのは、紗輝だったか、若葉だったか。


 第11話

 その頃、外に出た他のメンバーは何をしていたかというと、何をするか話し合っていた。
 いつもなら勝手に司会進行を始め、突拍子もない案を出す泉美だが、今はいないので、誰かが代わりを務めるしかない。
 こういう時に進み出るのは智衣だった。
「で? 今から何するんや?」
 智衣が皆に問いかけたが、全員見事なまでに押し黙っていた。
「……なんかないんか?」
 智衣が困ったように再び尋ねたが、答えは返ってこない。
「……もうええわ!!
 それやったらウチが勝手に決めてええか?」
「別にいいわよ」
 風華がようやく答えた。
(喋れるんやったら意見を出さんかいアホ!!)
 という毒づきを心の中に押しとどめた智衣は、他の人にも意見を求めたが、全員が『沈黙という名の同意』という最も苛立つタイプの答えを返してきたので、こう提案した。
「だったら、鬼ごっこ……やと誰が鬼かわかりづらいから、凍り鬼でええか?」
 凍り鬼とは、鬼ごっこのマイナーチェンジモデルで、鬼になったプレイヤーがその他のプレイヤーを追いかける、という基本的なルールに変更はないが、鬼にタッチされたプレイヤーは鬼になるのではなく行動を制限され、動けなくなってしまう(いわゆる氷状態)という部分が違っている。
 行動制限をかけられたプレイヤーも、行動制限がかかっていないプレイヤーにタッチされる事でゲームに復帰する事ができるため、プレイヤー同士で助け合う、チームワークが勝敗の鍵を握るゲームである。
「……何だったんですか?今のムダにカタカナ語と単語を使いまくった説明は」
「別に何でもええわ。
 で、鬼は……ええい、面倒やからウチがやったるわ!
 あと、あんたも鬼な」
 智衣は隣にいた少女を指差して言った。
「ええ!?」
 たまたま近くにいただけの実紗は巻き込まれて困惑していたが、特に反論はせず、その理不尽な結果を素直に受け入れた。
「じゃ、30数えたら追いかけるで!!」
 その言葉で、他の4人は駆け出した。

 そして、30秒後。
 智衣と実紗は、二手に分かれて他の4人を追いかける事にした。
 ちなみに範囲は智衣たちのいる森全域。……といっても、森と森の間には道路があって、道路をわたった先の森は別の森である、というルールが設定されていたので、智衣たち攻撃側にもチャンスは十二分に与えられている。
 ……はずだったのだが。
 実はこの凍り鬼には、必勝法ともいえる究極の裏技が存在するのだ。
 それを知らない実紗は素直に他のプレイヤーを探していた。
 途中誰かが木から落ちる音がしたが、おそらく気のせいだろう。
 そして、しばらくして、実紗は優菜と理恵を同時に発見した。
(2人固まってる……好都合だな)
 実紗はそう思い、2人に駆け寄った。
 幸いにも2人とも実紗の存在には気づいていない。
 実紗は、運動能力が(どちらかといえば)高そうな理恵を最初のターゲットにして、詰め寄り、そして……タッチした。
「理恵さん、捕まえました」
 実紗は
 ところが、理恵はにっこり微笑んでいる。
「いえ、私は捕まっていませんわ♡」
「ええ!?
 ……だって、今、理恵さんの事を……」
「これを見てください」
 そういって、理恵は手を挙げた。
 ……見ると、理恵と優菜は手を繋いでいた。
「………」
 実紗は自らの敗北を悟った。
 実紗が優菜をタッチした場合、瞬時に理恵が優菜を解凍する。
 実紗が理恵をタッチした場合、瞬時に優菜が理恵を解凍する。
 残された手段は両手を使って二人同時にタッチする事だが、「何秒以上タッチしたら解凍」という明確なルールがない以上、0コンマ何秒かでも2人をタッチするタイミングがずれたら、両方が時間差で解凍される。
 しかし、人間の手の動き的に、どう考えても0.00000001秒くらいはずれる。きっとずれる。
 ……万が一ずれていなくても証明する方法がない。
「で? どうしますか実紗さん?」
 理恵が微笑を絶やさないで実紗に尋ねた。
「…………謹んで降参させて頂きます」


 第12話

 奈々実のケガはたいしたものではなく、夕食の頃にはすでに復帰していた。
 ……もちろん、鼻には絆創膏が貼られていたが。
「大丈夫? 奈々ちゃん」
「ええ、大丈夫よ」
 昼食と違い、夕食はごく普通の食事だった。
 特筆するものがないので、特筆しない。
 唯一取り立てる価値があるとすれば、全員昼食を食べ過ぎた反動で少ししか食べられなかった事くらいだろう。
「この後は、10時消灯だから、それまでは何しててもオッケー。
 お風呂も別にいっせいに入らなくてもいいわよ、11人しかいないんだから。
 どうする?」
 澄香が食事をしながら全員に問いかけた。
「……せっかくだから、全員で入りませんか?」
 風華が意見する。
「……うん、まあ、そうだね。
 じゃ、7時半に大浴場に集合よ」
 澄香はそう言うと、一足先に部屋を出た。
 ……ちなみに、食事は広いランチルームでまとめて取っている。
 11人しかいないので、とてつもなく無駄な空間がその大部分を占めているのだが。
「……じゃあ、入浴まであと30分くらい、何してる?」
 泉美はうきうきとしていた。
 ……とりあえず、集団の中にいれば泉美は幸せなのだろう。
 つくづく羨ましい人間だと、生徒たちは思っていた。
「自由行動でいいんじゃない?
 どうせ、お風呂から出てからいくらでも時間はあるわけだし」
 その案は無言のうちに採用されたようで、生徒たちは適当に散らばって時間を潰す事となった。
 優菜と理恵は2人で他愛もない……と思われる話をしている。
 琴里は1人で先に布団を敷いている。さっさと寝るつもりなのだろうか。
 紗輝と智衣は暴れ足りないらしい泉美と一緒に遊んでいる、というか遊んであげている。
 琴里と若葉は静かに読書。
 そんな、これから1年間一緒にいる事になる仲間たちを、奈々実は静かに見つめていた。
 ……楽しそう。
 このメンバーなら、きっと、1年間楽しくやっていける。
 もちろん確信は無かったが。
 そうぼんやりと考えていた奈々実は、後ろから声をかけられた。
「……奈々実さん?」
「はい!?」
 ぱっと振り返ると、そこには背の高いセミショートの少女がいた。
 ……といってもわからないだろう、実紗である。
 そういえば実紗の姿を見ていなかったな、と思った。
「……どうかしたんですか?
 さっきからぼうっとして……」
 この少女は、誰とも話していない、関わっていないように見えたが、実は他の誰よりも他人をよく見ている。
 奈々実は、やはりこの学校は不思議で、面白いと思った。

 そして30分が経過し、11人は一斉にお風呂に入った。
 ……もちろん、詳細な情景描写はしない。
「えいっ!!」
 ゆったりとお湯に浸かっていた10人だったが、泉美が勢いよく飛び込んできたので、その水しぶきをまともにかけられ、全員がかなり苦しい状態となった。
 お風呂自体は30人くらい入れる前提で作っていたので、広々と使えるし、飛び込んでもぶつからないだけのスペースはあったが、だからといって飛び込んでいい事にはならない。
「泉美、いい加減にしなさい!!」
 そう言って怒ったのは、澄香ではなく、風華。
「は~い」
 泉美は適当に返事をしたが、本当に適当だったようで、10秒もしないうちに水をかけ始めた。
「うわわっ!!」
 奈々実たちもいつの間にか泉美のペースに呑み込まれ、いつしかお風呂の中は壮絶なお湯かけ合戦とのバトルフィールドと化していた。
 澄香はさっさと出てしまっていたのだが、そんな事にも気づかないくらい熱中していた。
 ……そして、10人とも出てきた時には顔が真っ赤になっていたのだった。
 ちなみに、一番赤くなっていたのは、他でもない泉美だったようだ。


 第13話

 <前編>
 お風呂から出てきた10人の生徒たちは、とりあえず熱くなった体(と心)を冷やすために、寝巻きに着替えるとすぐに自販機のある大広間へと直行していた。
 泉美はコーラ、琴里はココア、紗輝はフルーツオレ、智衣は普通の牛乳。
 奈々実がカフェオレで、風華はイチゴジュース、実紗はバナナジュースで、優菜が抹茶、理恵が紅茶、そして若葉はウーロン茶だった。
 なかなかバラエティに富んだチョイスである。
「……ところで、この後何するの?」
 誰からともなく、そして誰にともなく、声が上がった。
「枕投げ!」
 真っ先に提案したのは泉美だった。
「……別に、悪くはないけど、1時間半はさすがに無理よね……」
「じゃあ、とりあえず枕投げして、終わったら次の事を考えるってしたら?」
「さんせーい!」
 適当な泉美の提案にノリのいい賛同をしたのは、澄香だった。
「うわっ、澄香先生!
 いつの間に!?」
「ついさっき」
「……ていうか、参加するつもりなんですか?枕投げ」
「もちろん!
 だって、おんなじ部屋の仲間でしょ?」
(……部屋、1つしかないですよ?)
 仲間といえるかどうかがまず微妙なのだが、とりあえず枕投げが決まった。
 ジュースを飲み終えた10人は、澄香とともに部屋に戻るとまず布団を敷き、それぞれが自分の枕を持って、準備をした。
「じゃあ……用意、スタート!!」
 澄香がそう宣言して、戦いの火蓋が切って落とされた。
 最初に投げたのは泉美だった。標的は……奈々実。
「うわあっ!!」
 すると不思議な事に、他の人たちも揃って奈々実を狙い始めた。
 ……枕投げをするといってもどうしていいかわからないので、とりあえず泉美に従うつもりらしかった。
「ちょっと、やめ……ぐふうっ!!」
 枕が顔面に直撃した奈々実は、そのままノックアウトした。
「大丈夫? 奈々ちゃん」
「……お前が言うなぁ!!」

 <後編>
 奈々実の猛反撃が開始されると、やはり他の8人もそれに従った。
 泉美への集中攻撃で、今度は泉美が倒された。
 そして、そのうちに場の雰囲気がだんだんと砕けていくにつれて、だんだんと自由に戦うようになっていた。俗に言うバトルロワイヤルである。
 強いのは風華、理恵、若葉の3人だった。
 泉美はどんどん攻撃していくが、コントロールが悪く、当たる事の方が少なかった。
 智衣も意外とこういう勝負には弱く、簡単にやられていた。
 琴里は控えめなので、基本的に自分からは攻撃しない。
 紗輝は、「やられている人を助ける」というのをコンセプトにしているらしく、とりあえず勝っている人を中心に狙っていたが、逆に強い人から狙われる、という非常に損な役回りとなっていた。
 奈々実は……言うまでもない。
 風華は運動神経がよく、飛んできた枕を受け止める事もしばしばあった。
 実紗も琴里と同じように、進んで戦いに加わらなかったが、やはり琴里と同じように狙われると対処できていなかった。
 理恵も進んで戦いには加わらないが、理恵の場合は体中から『守ってあげたくなるオーラ』が出ているので、誰にも狙われていなかった。
 優菜は天然で、枕を目で追う事すらできていなかった。
 意外に強いのは若葉で、自分から枕を拾いはしなかったが、飛んできた枕は瞬時に掴み、その10倍くらいの速さで飛んできたのと同じ方向に投げ返していた。
 一説によると音速を超えていたらしい。
 なので、若葉に投げるとたいてい自分がやられるとわかった生徒たちは、誰も若葉には投げようとしなくなったのだが、残念な事に泉美のコントロールが悪く、流れ弾が若葉の所へ向かうのだ。
 それも、泉美が一箇所に留まっているなら被害は泉美だけですむのだが、泉美がちょこまか動く上に、若葉は投げ返すだけなので、結構頻繁に若葉による被害が出ていた。
 ……そして、年齢的に負けるはずのないはずの澄香は、あっさりと負けていた。
 そして、開始早々自分の部屋に帰っていた。


 第14話

 <前編>
「ふー、疲れたー……」
「泉美はただはしゃぎまわってただけでしょ!!
 それも、ただやられるだけで弾は全く当たってなかったくせに」
 かなりの割合で集中砲火を浴びていた奈々実が泉美に八つ当たりした。
「ところで、この後何するの?
 寝るにはまだ早いよね」
 確かに、就寝時刻まではまだ1時間ほどある。
「じゃあ、何か話でもしようよ」
「……何を?」
 泉美の提案には、最もな疑問が跳ね返ってきた。
 確かに、これがたとえば何回も会っている親しい友達なら、たわいの無い話でも盛り上がるだろうが、いかんせんほとんど会ったばかりのような状態である。
 そう簡単に盛り上がる事はないだろうが……。
「じゃあ、こうしよう!」
「どうするの?」
「……第一回!! そよ風中学1年2組!!
 チキチキ!! 普通の話選手権~!!」
「は? 何それ?」
「タイトル通りだよ」
「……ていうか、本当にそんな別の漫画と全く同じネタで1話使うつもりなの?」
「大丈夫大丈夫。ノープロブレムだよ奈々ちゃん。
 著作権なんて考慮してたらこのサイトのコンテンツが半分潰れちゃうよ?」
 泉美がいろいろと気を遣う言葉で説得した。
「……まあ、別にいいけど……で、何をするの?」
「だから、どこにでもあるような普通の話をするというだけの……」
「とりあえず、お手本を見せてくれる?」
 まあ、そんなアバウトな説明で理解できる人はおそらくテレパシーとかが使える人だろう。
「うん、いいよ。
 ……あたしが小学校の時の話なんだけど……」
 いつの間にか電気が消えていて、部屋は真っ暗になっていた。
 奈々実は、誰かが震えているような気がしていたが、特に気には留めなかった。
 ついでに、泉美はマイクを持っている。特に意味はない。電池も入っていない。
「ほら、どこの学校にも七不思議ってあるでしょ?」
「……まあ、漫画とかではよくあるわね」
「で、あたしの学校にも七不思議があったの。
 そのうちの一つに、『七夕の夜に、校庭の真ん中に置いてあったものは全て消える』っていうのがあって」
 なんだかよくわからない伝説だ。

 <後編>
「毎年、そこに置いてあった靴が消えたり、引いてあった白線がそこだけ見事に切れてたり、っていう事があったらしくて、学校に語り継がれてたの。
 それで、あたしのクラスで、校庭の真ん中に誰かがそこに座って、その周りをぐるっと囲んで、どうなるかを試そうっていう話になって……」
「それでどうなったの?」
 生徒たちは意外と続きが気になった。
 ……とはいえ、そこはフツバナ。
「……でも、その1週間前に私が転校しちゃったから、どうなったかは知らないんだ」
「……え?」
 消化不良な結末に、他の人は拍子抜けしてしまった。
「何それ!? これで終わりなの!?」
「そだよ」
「目明し編は!? 目明し編はないの!?」
「とにかく、こんな感じだよ。
 次、誰かやってみない?」
「……じゃあ、ウチがやったるわ」
 智衣が名乗り出た。
「前に、ウチのクラスメートと、2人で出かける事にしとったんや。
 ところが、その友達は、集合時刻を30分くらい過ぎても一向に来る気配が無かったんや。
 仕方ないからウチがその子の家に様子を見に行ったら、家の中には誰もおらへん。
 チャイムを押しても出ないし、電気もついてない。
 で、しばらく門の前で待っとったら、突然物音がして!!」
「して!?」
「……普通に出てきた」
「……」
 ぽかんと口を開ける生徒たち。
「……どういう事?」
「……いや、ただ単に寝坊しとっただけやった」
「誰もいないって……」
「家族全員寝とったから、誰かがいるようにはとても見えへんかっただけや」
「………」
 こうして、ムダな夜は終わり、部屋に戻ってきた澄香に急かされ、生徒たちは布団に入った。
 ……だが、おそらくバスの中では、選手権の続きが行われるのだろう。
(だって……他に話題が無いし……)


 第15話

 <前編>
 オリエンテーション2日目の朝は、のんびりと始まる。
 澄香は10時にここを出発する、という最低限の連絡しかしていなかったため、全員朝8時くらいまではぐっすりと寝ている。
 ……と、思っていたのは澄香だけで。
 実際には、朝5時に泉美がぱっと目を覚まし、と同時に騒々しく全員を起こしたため、生徒たちは全員6時にはばっちり普段着に着替え終わり、異常に寝つきのいい彼女らの担任教師が起きるのを取り囲んで待つ、というあり得ない構図が出来上がっていた。
「……あれ? 何でみんな起きてるの?」
 当然、6時半という極めて真っ当な時刻に起床した澄香は、自分を囲むようにして座っている生徒たちにただ困惑していた。
「……やっと起きた……」
「…眠い…」
「……6時半でよかったんじゃないのぉ?」
「……とりあえずもう一眠りさせて……」
 明らかに無理やり起こされた感満点な9人の生徒と、
 自分で起きたはいいが現在の状況に混乱している1人の教師を尻目に、
「ほら、早く早く!!」
 唯一の元気少女ははつらつと食堂へ向かおうとしていた。
「……その元気はどっから来るの……?」
 皆が抱く当然の疑問でさえも、
「だって、せっかくの宿泊体験でしょ?
 寝てるなんてもったいないじゃん!!」
 当然のように答えられるとそれ以上突っ込みようがない。

「じゃ、しゅっぱ~つ♪」
 澄香の楽しそうな声とともに、バスは小屋を出発した。
 相変わらずバスは空席が目立ち、
 相変わらず澄香は熱唱し、
 そして生徒たちはぐっすりと眠っていた。
 ……もちろん泉美は例外なのだが。

 <後編>
「とうちゃ~く♪♪」
 11時頃、澄香の声で生徒たちは現実に戻ってきた。
「………」
(何で、ここ?)
 奈々実はそんな疑問を抱いた、そして、
 そんな疑問を抱くのは当然の事でもあった。
「澄香先生……何で、ここに?」
「何でって……楽しそうでしょ?」
 雪に覆われた真っ白な斜面の両脇には枯れ木が立ち並び、
 誰もいない中で無人のリフトだけがゆっくりと動いている。
 そう、澄香が生徒たちを連れてきたのは、スキー場だった。
「……でも、何で誰もいないんですか?」
「貸切だから」
「……そよ風中って『機関』と繋がってたりするんですか?」
「そんな事ないけど?」
 奈々実はなおも問い詰めようとしたが、その前に智衣が話しかけてきた。
「……そんな事より、せっかくスキー場に来たっちゅうのに、スキーせんのか?」
「するけど……スキー用品は?」
 奈々実が聞いた。
「バスの後ろのトランクの中」
 澄香が答えた。
「誰が教えてくれるんですか?」
 奈々実の問いかけに対して、
「もちろん私だよ☆」
 澄香が自分を指して答えたが、
「……誰かスキー経験者いない?」
 奈々実はスルーして他の生徒に問いかけた。
「……ちょっと!
 何で無視するのよ!!」
「だって澄香先生と一緒じゃ雪崩起きちゃうじゃん」
「なっ!!
 起きないわよ!!
 人を何だと思ってるの!?!?」
「ねえねえ、最初どこから滑る?」
「やっぱり初心者コースから……」
「最初に麓まで降りてきた者には……」
「無視するなー!!」
 澄香の悲痛な叫びで雪崩が起きたとか起きなかったとか。


 第16話

 <前編>
 スキーが一番うまかったのは紗輝と、風華と、若葉と、なぜか実紗だった。
 紗輝と風華と若葉は運動神経がいいらしく、スキーも簡単に乗りこなしていたのだが、その2人でさえも実紗には勝てなかった。
 若葉は勝っていたが。
 どうやら実紗は、前に親と一緒に何度かスキーに来た事があるらしく、それで滑れるのだ。
 要するに経験者である。
 泉美や奈々実がうまく滑れないのは言うまでもなく、転ぶ事もしばしばあった。
 智衣は紗輝から滑り方を教えてもらっていた。
 理恵、優菜、琴里は最初から滑るつもりはないらしく、他の人たちが滑る様子を眺めていた。
「……琴里さん、理恵さん、一度私たちだけでリフトに乗りませんか?
 バス内に待機していてもいいんでしょうが、せっかく来たんですから、リフトにくらいは乗らないと」
 と、理恵が提案した。
「私はいいですけど、琴里さんはどうでしょうか?」
 と、優菜も賛成し、琴里をじっと見た。
 実際、運動もせずに雪山にただ立ちすくんでいるのは寒いのである。
 リフトが暖かいわけでは決してないが。
「……別にいいですよ」
 ここで反論するほど、琴里は無粋でもひねくれ者でもなかった。

「なんだか不思議な組み合わせですね」
 リフトの中央に座って、理恵はにっこり微笑んだ。
 といっても、琴里は理恵と優菜の仲が良いらしい事を知っていたので、微妙に肩身の狭い思いをしている。
「ところで、何で理恵さんはこの学校に?」
 琴里が問いかける。
「私は、宣伝を見て、何となく、ですね。
 授業料も安くて、しかもこんなに自由な校風。
 公立に行くより、よっぽど楽しそうだと思ったんですよ」
 理恵が答えた。
「琴里さんは?」

 <後編>
「私も同じような理由ですね。
 私は私生活の方が忙しかったので、部活動がない、というのも一つの理由ではあるんですけど」
「そうなんですか……。
 ところで、何がそんなにお忙しいんですか?
 嫌なら答えなくても構いませんが」
 こういう風に言われると、何となく教えないのが失礼な気がしてくる。
 だが、そう簡単に教えられない事情が、琴里にもあった。
「……すみません、ちょっと言えないんです……」
「わかりました」
 意外にも理恵は、あっさりとその話題を打ち切った。
 琴里は、理恵はしつこく問い詰めてくるタイプかと思っていたので、ホッとしていた。
 ……が。
 伏兵というのは、思わぬところに潜んでいるものである。
「でも、琴里さんって、不思議ですよね」
 それまで黙っていた優菜が突然口を開いた。
「はい?」
「なんだか……もう一つ、別の人格があるみたい」
「それは……、どういう意味ですか?」
「いえ、特には。
 よくわからないんですけど、まるで、正反対の顔を持っているみたいな……」
 優菜のいかにも不思議そうな表情と、
 理恵の興味深そうな顔に囲まれた琴里が、
 頂上を通って一周してきたリフトの扉が開いた事に心底感謝したのは言うまでもない。
 そして、3人は予定通りバスの中に入った。
 すでに若葉と澄香と智衣がバスの中で暖まっていた。
 他の5人も、それから20分もしないうちに帰ってきた。
「全員揃ってるね~?
 じゃ、しゅっぱ~つ♪♪」
 ……そして、バスは発車した。
 琴里は、エンジンのかかる音で、一瞬びくっとした人が2人くらいいたような気がしていたが、気のせいだろうと思って、すぐにその記憶を消去した。
 もし、「不要な記憶」としていちいち消去していなければ、びくっとしていたのは今回に限る事ではなかったと、気づけたのかもしれない。


 第17話

 <前編>
 そして、いろいろな事があったオリエンテーション2日目も無事に終了し、3日目。
 さすがに土曜日、本来なら休日のはずの日であるという事もあり、この日は、そよ風中の生徒たちは自分たちが泊まった部屋の掃除や片付けをして、11時には帰途につく事になっていた。
 荷物の整理をしていた奈々実は、近くにいた泉美に話しかけた。
「なんだかあっという間だったね、泉美」
「まあ、半日カットされたからね」
「?? 何の事?」
 一般人の奈々実に泉美の話が通じるわけはなかった。
 その頃、入り口付近には紗輝、風華、琴里がいた。
「琴里さん、バケツに水を入れてきてくれない?」
 床にあったふとんをしまい終わったので、床を水拭きしようと思った紗輝は琴里にお願いした。
「はい」
 そして2分後、琴里は水の入ったバケツを運んできたのだが、
「うわぁっ!」
 積んであったリュックに気づかず、
 琴里はつまずいてしまい、
 持っていたバケツから手を離し、
 バケツは宙を舞い、
 中に入っていた水は、
 風華の上に見事に着地した。
 そして、
 風華は全身びしょ濡れとなった。
「あ、すいません!」
 琴里は急いで謝ったのだが、
「琴里さん、いい加減にしてくれる?」
 風華は許すつもりはなかった。
「運ぶだけなんていう単純な作業で、どこにミスする余地があるの?
 昨日の昼食の時も水をこぼすし……。
 もしかして、あなた、わざとやってるんじゃないの?」
 風華の矢継ぎ早の攻撃に、琴里は今にも泣きそうな顔となっていた。
 そして、そんな一触即発のような空気を見るに見かねて止めに入ったのは、彼女たちの担任教師である澄香……ではなく、紗輝だった。

 <後編>
「風華さん、何もそこまで言う事はないんじゃないんですか?」
 進み出た紗輝の攻撃対象は、言うまでもなく、風華だった。
 さすがにこの状況で紗輝には加勢しないだろうが、他には誰一人として琴里を助けなかったのもまた事実だ。
「何なの、紗輝さん。
 あなたには関係ないわ、黙っていてくれない?」
「関係ならあります。琴里に頼んだのは私ですから。
 それに、誰にだって失敗はあります」
「いくらなんでも2回も、それも私に対してだけやるなんておかしいわ」
「偶然という可能性もあります」
「証拠は」
「わざとという証明もできません」
 風華も紗輝もかなりの口達者である。
 そして、紗輝は正義感が強く、風華はプライドが高い。
 どちらも、自分から引き下がるつもりはこれっぽっちもなかった。
「わざとじゃないにしても、琴里が悪い事をしたのは事実だわ」
「だからって弱者を責める口実にはなりません」
「誰が弱者を責めるっていうの?」
「この状況であなた以外に誰か考えられますか?」
 一歩も引かず、睨み合って口論を続ける2人。
 これが漫画であれば、2人の視線のぶつかり合いによって、バチバチという音を立てて火花が散るだろう。
「やめなよ、2人とも!!」
 止めに入ったのは泉美だった。
「何なの? 泉美さん。
 私はこの人と決着を付けたいんだけど」
「そんな事してる場合じゃないよ。今は掃除の時間でしょ?」
 泉美にそう言われて、ようやく2人は、現在が掃除の時間である事を思い出した。
「……わかったわ。一時休戦という事にしときましょう。いいわね、紗輝さん?」
「ええ、喜んで休戦しますわ。私は争いは好きではないので」
 こうして、2人の争いは、一時的なものではあるが、とりあえず収束した。
 しかし、この一件で、クラス内の不和は一気に進んでしまったのであった。
 そして、学校の目的は達成できたのかできなかったのか、とりあえずオリエンテーション合宿は終了した。



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