フラワー・ストーリー 外伝
「真衣ちゃん……本当に行っちゃうの?」
美羽が、そっと尋ねてきた。
否定してくれる事を望んでいるようなその声色を聞いて、私は、底なしの寂しさを感じた。
「……ええ……」
「嘘でしょ、真衣ちゃん!?
いつまでも一緒だって、約束したじゃん……あの時」
私は、これ以上悲しませたくないと思い、無理に笑顔を作って言った。
「何言ってるのよ、美羽。
いつまでも会えないわけじゃないし。
毎週手紙を書くし、またいつか遊びに来るから。
永遠の別れじゃないんだよ?」
「でも……」
美羽だって、わかっているのだろう。
この懇願が、何の力もない事を。
どれだけ無理を言っても、何の意味もない事を。
それでも、ほんのわずかな可能性に賭けるのが、せめてもの抵抗であり、現実を直視しない方法なのだろう。
「ごめん、美羽……」
私は、そんな美羽とこれ以上話すのが耐えられずに、小声でそう言って、その場を走り去った。
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そして、その夜。
私たち家族3人は、荷物をまとめて、今まさに車に乗り込むところだった。
「真衣、お別れは済んでるな?」
父親の隼人が、そう聞いてきた。
「ええ……」
確かに、仲良しだった友達のお別れは、美羽と会う前に済ませていた。
ただ、美羽とはさっきあんな風に別れて以来、一度も会えていない。
それだけが、心残りだ……。
そう思った真衣だったが、口には出さなかった。
「何してるの?真衣」
母の渚に呼びかけられ、私ははっと気づいた。
車の前でぼうっとしていたらしい。
母も父も、もう車に乗り込んでいた。
母は私を一瞬見つめ、そして、こう告げた。
「真衣……何か、やり残した事があるわね?」
図星を指され、私は驚いた。
「えっ……何でわかったの?」
「母親を甘く見ないでちょうだい。
それより、私もお父さんも待ってるから、今すぐ行ってきなさい。
このまま行っても、辛いだけでしょ?」
母にそう諭された私は、
「ありがと」
とだけ言って、駆け出した。
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「いない……」
私はため息をついた。
美羽は、家にはいなかった。
「美羽なら、さっき出かけたわよ」
美羽の伯母の雪菜さんが、そう教えてくれた。
私は、公園や学校など、あちこちを捜し回ったが、美羽はまったく見つからなかった。
美羽は、私の事を、嫌いになったのだろうか……?
そう思いながら、家に戻ろうとした時、
「真衣ちゃん……!」
後ろから声をかけられた。
私が振り向くと、そこには、私がもっとも会いたかった人物がいた。
「……美羽……どこに行ってたの?
あちこち捜したのに……」
「ごめんごめん。でも、あたしも捜したんだよ?」
「え?」
美羽は、にっこりと笑って、小さな包みを差し出した。
「間に合ってよかった。これ、プレゼント」
私が包みを開けると、中にはかわいい小さなピンク色の小物入れが入っていた。
「美羽……ありがとう……」
「いいんだよ、このくらい☆
じゃ、またね」
美羽の挨拶は、「さよなら」ではなく、「またね」だった。
「うん、またね!!」
私も同じように言って、満面の笑みを浮かべた。
いつか、また、会える。
そう確信した瞬間、自然とこぼれた笑みだった。
「はあ、はあ、はあ……」
森の中に、1人の少女が息せき切らして逃げ込んでいた。
この少女の名前は美羽。
「何で、こんなことに……」
美羽のいた町は、ある日突然現れた「地球人」という侵略者に襲われ、町の人が全員ころされるか、または捕まるという大惨事に見舞われたのだった。
美羽は、伯母が身代わりとなってくれた事で、何とか森に逃げ込む事ができたのだが、死の恐怖と疲れによって、彼女の体力はすでに限界となっていた。
「もう、だめ……」
美羽は、近くにあった切り株に腰を下ろした。
その時、がさがさと茂みが揺れる音がした。
美羽は咄嗟に立ち上がったが、それだけでは無駄だった。
茂みから出てきたのは、5人の地球人の兵士だったからだ。
「こんなところにいたか、最後の生き残りが」
「1人残らずころせという上からの命令だからな……」
美羽は本当に恐ろしくなった。
この兵士たちが彼女をころそうとしている事は、紛れもない事実だからだ。
「やめて……」
美羽は弱々しく哀願したが、もちろん兵士は取り合おうとしない。
兵士は銃を構えた。
「残念だったな。
せいぜい、自分の運命を呪うんだな」
「それはお前らだ」
突然、美羽たちの頭上から声が降ってきた。
「何だ?」
兵士たちがそろって上を見上げると、木の枝の一本の上に、1人の少年が立っていた。
「お前らの好きには、させない」
そういって、少年は枝から飛び降りて、兵士の頭の上に見事着地した。
「ぐえっ!」
兵士は当然、頭を踏まれて気絶した。
呆気にとられている兵士たちのみぞおちに、少年は次々と拳を入れ、1分もかからずに兵士たちを全員気絶させた。
美羽が呆気にとられていると、その少年は美羽のほうを向いた。
「何か言うことは?」
「あ……ありがと」
美羽は、未だに状況が呑み込めないまま、反射的にそういった。
「それじゃあな」
どうやら、少年はこれ以上状況説明をするつもりはないらしい。
「ま……待って!!」
美羽が少年を呼び止めた。
少年が振り向く。
「どうした?」
「あなた……名前は?どこへ行くの?」
「風沢夢人。地球人を追い払うための準備をしに行く」
その言葉を聞いた美羽は、ある事を感じた。
……あたしの運命は、この人と一緒に行く事だ、と。
「だったら……あたしも一緒に連れてって」
「は?」
その瞬間、ドリームウィングは誕生への第一歩を踏み出した。
気がつくと、俺は薄暗い部屋の中に1人でいた。
……ここは、どこだ?
不思議な事に、全く覚えていないし、思い出せない。
願いの塔に行った事までは覚えている。
だが、その後は……。
思い出そうとしているうちに、誰かが部屋の中に入ってきた。
何となく、見た事のある顔だ、と思った。
だが、そんな事はどうでもいい。
人がいるのなら、どうやればここを出られるかを教えてもらえるはずだ。
「おい。ここから出る方法を教えてくれないか?」
「知らない。というか、無い。
でも、あってもあなたには教えない」
すごく鼻についた。
なぜ俺は、初対面か、2回目くらいに会った人に、ここまで人格を否定されているのだろうか。
「……なんで俺には教えたくないんだ?」
「あなたが、罪を犯したから」
やばい。
ますます訳がわからなくなった。
俺がいつ罪を犯したんだ。
もしかすると、こいつは、わざとボケているのだろうか?
だとしたら可哀想な話だ。
俺は、こんなムカツクボケにツッコむつもりは毛頭無いからな。
「俺が、いったい何の罪を犯したっていうんだ?」
「あなたは、人をたくさんころした」
……ああ。
やっとわかった。
こいつは、アーチ人だ。
「侵略者の庭」の事で、俺を責めてるのだろう。
そう考えれば、納得がいく。
こいつとは、侵略者の庭を作る時に、戦った記憶がある。
娘を逃がしたから、俺が始末した。
確か名前は……ん?
と、そこで俺はある疑問にぶち当たった。
少し立ち止まって考えようではないか。
俺はこいつを殺した。
……じゃあ、何でこいつはここにいるんだ?
しかし、そんな事を聞けるわけが……。
「……お前、何でここにいるんだ?」
聞いた。
「生き返ったのか?」
「逆」
即答だった。
……逆?
もう一度状況を整理しよう。
こいつは俺が殺した。
だが、こいつはここにいる。
こいつは生き返ってはいない。
なら……。
「俺が……死んだのか……?」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
私は、気がつくと薄暗い部屋の中に1人でいた。
……ここは、どこ?
なぜここにいるのか、全くわからない。
願いの塔に来た辺りまでは覚えてるんだけど……。
全く思い出せなかったが、とりあえずじっとするよりは動いた方がいいかと思い、部屋を出た。
何も無い、不気味な廊下を歩いていると、私の耳に話し声が飛び込んできた。
「……れが……のか……?」
聞き覚えのある声。
私は、その相手にばれないように、ゆっくりとその部屋の扉を開けた。
そこにいたのは、私のかつての恋人。
だが、1人だけではなかった。
話し相手は、見知らぬ人。
……でも、どこかで、よく似た人に会ったような気がする……。
「おい」
薄ぼんやりとしていた私は、その声で現実に引き戻された。
「何してたんだ?」
私がドアを開けて聞いていたのに、気づいたらしい。
「別に……。
……ところで、さっきの人は誰?」
「初対面だ。……いや、違うか……。
こいつは……って、おい!
どこに消えたんだ!?」
彼の言葉で、私も気づいた。
さっきまでいたはずの、彼の話し相手が、どこにもいなかった。
人間が、1人、消えた……?
不可解なその現象で、私は何となく、ここが現実世界ではないような気がしてきた。
「……ところで、ここがどこだかわかった?」
「……何となく、ならな。
というか、あいつがほとんど答えを教えてくれたんだ。
……ここは、『霊魂神殿』だ」
「え?
それって、もしかして……」
「そうだ。
俺たちはたぶん、死んだ。
違ったか?」
違わない。
私の記憶がよみがえってきた。
願いの塔で、私は地球人の兵士と戦って、その途中に彼が来て、それで……刺し違えた。
つまり……。
「ここは、死後の世界なのね」
「ああ、たぶんな」
私はあたりを見回した。
確かに、この部屋、この建物からは、なんというか、生命力が欠片も見当たらない。
死人だけが巣食う神殿だとすれば、納得がいく……。
「おい」
声をかけられ、私はまた考え事をやめた。
「……もし、だぞ?
もし、ここが死後の世界だったら、俺たち……。
また、やり直せるか?」
それは、深く胸に響いた。
……彼との思い出が、よみがえってくる。
一度は、一生を共にしたいと思った、恋人同士だった。
一度は、激しく対立する、敵味方だった。
……でも、ここでなら。
全てがリセットされた、死後の空間でなら。
全ての関係を、再構築できるかもしれない……。
「……もちろんよ」
私は、彼の方へと歩き出した。
彼も、私のもとに、ゆっくりと近づいてくる。
生前の軋轢なんて関係ない。
全てを、彼と共にしてもいい……。
奇跡が起こる。
意見が対立し、敵味方に分かれ、もう二度と、私と彼は一緒には過ごせないだろうと思っていた。
……でも。
こんな死後の世界でなら。
奇跡は、起こるかもしれない……。
私は目を閉じた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
……そこまでが、私の記憶に残る全て。
気がつくと、私は、神殿とは打って変わって明るい部屋の中にいた。
……ここは、どこ?
今までの光景は、夢ではなかった。
私はそう思うし、そう信じたい。
……だから、あれは、奇跡。
戦いの合間に、神様がくれた、一握りの奇跡。
……でも、一握りは、思った以上に少なくて。
だから、私はここに戻された。
奇跡が起こる、その前に……。
俺がそのニュースを初めて見た時、最初に感じたのは怒りでも驚きでもなく、賞賛だった。
こんなに大胆な事をするなんて凄い、これなら日本でも絶対に認めるだろう、そういう想いがあった。
なんてったって日本は憲法第9条を200年以上守り通してきたなどと言ってるが、結局はアメリカの参加した全ての戦争に何らかの形で参加している。中国とロシアの戦争にだって裏で関わっていたという噂まである。
だから今度も、日本は口で何と言おうと加わる、たとえ今は加わらなくても同意するだろうと、俺はそう信じていた。
私がそのニュースを初めて見た時、最初に感じたのは怒りでも驚きでもなく、呆然だった。
こんな事をするわけがない、するとしても日本は絶対に認めないだろう、そういう想いがあった。
なんてったって日本は終戦から200年以上経った今でも平和を貫いている孤高の国だ。北朝鮮がアメリカに崩壊させられた時も中国とロシア率いるEUが戦争を起こした時も、日本はアメリカに物的支援こそしたものの、絶対に戦いには加わらなかった。
だから今度も、日本は止める、たとえ止めないとしてもここに残るだろうと、私はそう信じていた。
着々と進んでいく、あのプロジェクト。
俺はどうにかしてそれに加わる術はないかと探っていた。
とんとん拍子に進んでいく、その計画。
私はどうにかしてそれを止める方法はないかと探っていた。
そして、俺は見つけた。
それは、とても簡単な結論だった。
俺が、その侵略のメンバーになればいい。
なるべく手っ取り早い侵略を、俺がすればいい。
そして、私は見つけた。
それは、至ってシンプルな答えだった。
私が、その侵略のメンバーになればいい。
なるべく人を殺
さない侵略を、私がすればいい。
そこからは単純だった。
俺は必死に特訓をし続け、ついにその警察の一員になる事に成功した。
戦争の未経験者だから、と最初は激しい戦闘には加われなかったが、何度も経験を積んでいくうちに段々とクラスもアップしていった。
そこからは簡単だった。
私は必死に訓練を積み重ね、何とかそのチームのメンバーになる事に成功した。
女だから、と最初は危険な任務には就かせてもらえなかったが、何度も勝利を重ねていくうちに段々と地位も向上していった。
そして、俺はとうとうあるチームの副リーダーにまで上り詰めた。
そして、私はついにあるチームのリーダーにまで上り詰めた。
人を殺
す事も躊躇わなくなった俺は、戦いに快感を覚えていた。
俺が間違っている、と思う事もある。
でも、俺は絶対にそれを止めたりしない。
なぜなら……。
人を殺
す事を絶対に許さなかった私は、戦いに不快感しか覚えなかった。
私が間違っている、と思う時もある。
でも、私は絶対にそれを許したりしない。
なぜなら……。
I believe This World.
I Doubt to This World.
外伝5 ドリームウィングができるまで・a
世界を悲鳴が埋め尽くす。
その悲鳴は、隠せぬ恐怖か、断末魔の痛みか。
きっと、両方だ。
僕は地球人が目の前に現れ、にやりと笑みを浮かべた時には、すでに逃げる気力もなかった。
後ろには壁があり、そして目の前に立つ地球人のその後ろでは、僕の友人や、知人が、次々と命を奪われていく。
そんな光景を見ながらでは、希望なんてとても持てなかった。
今自分が置かれている状況を認識する事を、脳が、心が、拒否していた。
だから、僕の前に母が立ち塞がるように現れた時も、それを認識するまでに数秒のタイムラグがあった。
その数秒のうちに、母はこの世の人ではなくなった。
父が死んだ。
その瞬間には立ち会えなかった。
母も、その場にはいなかった。
それどころか、誰一人として。
その報せは、戦死者の名前が一覧にして貼り出される、町の中心にある掲示板を見て受けた。
二人で掲示板を見に行って、その名前を見つけた瞬間。
「……地球人、が……」
蚊の鳴くようなか細い声で母が呟いた、その事が強く印象に残った。
母がまず呟いたのは、父の名前ではなく、父の仇の総称だった。
そして、母が次に発した言葉は、
「あなたもいってしまったのね……」
どう変換していいか、わからなかった。
その晩、寝室で、僕は母にしがみついて泣きじゃくった。
母も泣いていた。
泣きながら、母はただ僕を抱きしめて、熱に浮かされたように同じ言葉を繰り返した。
「夢人、あなただけは、私が守るから。
この命に代えても、あなたは私が守るから……」
幼い日の思い出だ。
2人で日が暮れるまで遊んで、遊び疲れた帰り道。
黒装束に身をまとった男たちが目の前に現れた。
「2人とも連れて行きますか?」
「あまり事を目立たせるのは愚かしき行為だ。
1つの地域につき、1人。これは絶対の規則だろうが」
彼らが何を話していたのか、僕にはわからなかった。
わからなかったが、本能が、今すぐ逃げた方がいいと告げていた。
めぐみの手を握り、ばっと後ろへ駆け出した。
「あっ、コラ、待て!」
男たちが追いかけるが、僕は振り返らず、ただ一目散に走った。
何も考えず、ひたすら2人で走った。
後ろに追っ手が見えなくなって、やっと止まった。
止まって、下を向いていた顔をちらっと上げて、……心臓が凍りついた。
黒装束に身をまとった男たちが、前から歩いてくる。
「どちらを捕まえましょうか?」
「少女の方が連れて行きやすい。
少年は反抗して、捕まえるのが厄介だろうが」
足が棒みたいになって、動かせない。
ゆっくりと近づいてくる男たちが怖くて、でも逃げられなかった。
恐怖を押しつぶすように、めぐみの手を握り締めた。
「おいで、お嬢ちゃん」
男の1人がめぐみの肩に手をかけ、……その瞬間に、凄まじい力でめぐみは引き剥がされた。
男たちに挟まれ、暴れるめぐみがだんだんと夕暮れの空の奥に吸い込まれていくのを、ただ眺めていた。
何が起こったのかを理解するには、僕はまだ、幼すぎた。
世界を悲鳴で埋め尽くす。
その悲鳴は、隠せぬ恐怖か、断末魔の痛みか。
いや、どちらでもない。
世界を切り裂くようなこの悲鳴は、きっと、現実を否定するためのものだ。
崩れ落ちる母の背中を見て、絶叫した僕は、ただ何も考えられずに、その場を駆け出した。
僕がもっと強ければ、めぐみを守れた。
僕がもっと強ければ、母は死ななかった。
僕がもっと強ければ。
僕がもっと強ければ。
僕がもっと強くなれば、いつかは。
失わなくても済むはずの命を。
その先に待っているはずの未来を。
守れるようになるのかもしれない。
そう。
たとえば、森の中で兵士に囲まれて怯える少女を助けられるように、なるのかもしれない。