フラワー・ストーリー 第3.5部
第25章
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気がつくと、私は倒れていた。
「あれ、ここって……」
そこは、霊魂神殿という場所の入り口だった。
霊魂神殿……まあ、そこは魔境というよりは、都市伝説的な物だった。
ここがなぜ霊魂神殿と呼ばれているか……それにはまず、300年前に起こった、『ソルジットの聖戦』について説明しないといけないだろう。
300年前、アーチを含む小宇宙〈ソルジット系〉の惑星が、ダークネスという魔王に襲われた事があった。
その時は、かなり短い期間でダークネスは魔法の鏡の力によって負けたらしいんだけど、その間はソルジット系全体がダークネスとの激戦を繰り広げていた。
ちなみにその鏡は、ダークネスがこの宇宙からいなくなった後で破壊され、魔力を失った後破片はアーチに預けられたらしい。
アーチはダークネスの侵略の主な標的にされていなかったため、結果的にほぼ無傷だったのだけど、それでもダークネスの子分が3回くらい攻めてきたらしい。
その時に、アーチを守るための兵士たちの拠点とされていたのが、霊魂神殿だ。
何でも霊魂神殿は、ダークネスの魔力によって霊界への入り口を開けられたらしく、その時に神殿にいた3000人以上の兵士が霊界に吸い込まれた。
霊界は、ダークネスの力が最も強くなり、同時にすべての世界で共通に入り口を開けられる場所だった。
私たちがいるこの全ては、いくつもの世界に分かれている。
この世界は、他の世界からは宇宙と呼ばれている。
地球人はまだ科学が全てだと信じ込んでいるので別世界の存在を否定しているが、それは嘘だ。
ダークネスの存在が、何よりもの証拠である。
ダークネスは世界から世界へと渡り歩いて、気に入った世界を侵略しようとしているらしい。
本当は、闇の世界を拠点としているらしい。
宇宙、天界、魔界、モルディス、デモ●ータなど、いろんな世界は、それぞれが独立していて、何らかの魔法がないと移動できない。それも、ある種のつながりがある世界同士のみが可能で、場合によっては目的の世界に向かうために中継地点として100個以上の世界を渡り歩かないといけない場合もあるらしい。
ただし、たくさんの世界がある中で、霊界だけは全世界と繋がっているらしく、この世界の死後の世界も、別世界の死後の世界も、全て共通。
つまり、霊魂神殿には、すべての世界に繋がる入り口が開いているというのだ。
この世界や、別世界で死んだ人の魂が霊魂神殿を徘徊しているらしく(そういう霊は自縛霊のように神殿に何らかの魔力で縛り付けられていて、霊魂神殿を出る事はできない)、それ以来霊魂神殿は死人の巣窟であるとして誰も近づかなくなった。
ちなみに、霊魂神殿は、残念ながら魔境ではない。
しかし、霊魂神殿には、もしかしたら何かがあるかもしれない……と思った。
まあ、単純に言えば好奇心だ。
私は、小さく息を吸い込むと、そのまま神殿へと足を踏み入れた。
「うわ〜……本当に、おばけでも出そうな感じね……」
そこは、いかにも出そうな感じの、古びた神殿だった。
何本か倒れ、崩れかけた柱。
さびた剣。
クモの巣のかかったテーブル。
「でも、幽霊なんていないな……」
もしかすると、迷信だったのかもしれない。
300年も前の話だから、あり得ない話ではないだろう。
と、その時だった。
遠くに人影を見つけた。
その影は、ふらっとその先の開け放たれた扉の奥に消えた。
幽霊かもしれない。
しかし、私はそれ以上の、ある理由で、その影を無意識の内に追っていた。
なぜなら、その影は、ある人にとてもよく似ていたから……。
影を追って、かなりたくさんの部屋を通った私は、行き止まりの部屋の鏡の中にいる影を発見した。
思わず、声を上げて駆け寄った。
私の最も愛しい、そしてかけがえの無いその人物……。
「お母さん……!」
そう、その影の正体は、渚……つまり、私の母親だった──。
第26章
「真衣……」
久しぶりに見た、母の姿。
少しぼやけてみえるけど、それ以外は全く変わっていない。
「会いたかった……」
私は母を抱きしめようと、駆け寄った。
しかし、私は母に触れられず、そのまますり抜けてしまった。
「ごめんね、真衣……私は、あなたとはもう、住む世界が違うのよ……」
「……じゃあ、私は、もうお母さんと一緒にはいられないの?」
「ううん。そんな事ないわよ……」
母は、今までで飛びっきりの微笑を浮かべた。
再会して、初めての笑顔だった。
「真衣も、私たちの世界に、来ればいいのよ……」
「……え?」
衝撃的な発言に、私は一呼吸置いて聞き返した。
「それって、つまり……」
わかっていた。
母は、すでに死んでいると。
霊魂神殿で再会した時から、すでにわかっていた。
住む世界が違う……つまり、母はすでにこの世の人ではないのだ。
「……痛いんでしょ?苦しいんでしょ?」
「ええ、ちょっと苦しいかもしれないわ……でも、一瞬よ。そうしたら、真衣はまた、ずっと、そう、永遠にお母さんと一緒にいられるわよ?」
その言葉には、惹かれた。
すでに夢人も、めぐみもいるかも知れない世界。
今さら私が生き残った所で、何ができる?
それよりも、永遠に侵されない世界で、母と幸せに過ごした方がいいのではないのか?
「さあ……用意はできてるわよ……」
母は、そういって鏡の向こう側から手招きした。
「早く、おいで、真衣……」
私は一歩一歩、鏡へと近づいた。
苦しみの無い世界へ、行ける……。
そう思ったその時、不意に私の頭に、美羽の顔が浮かんだ。
あどけない顔で、笑う美羽。
美羽は、まだ生きているのだろう。
両親を失ってからも、常に笑顔を絶やさずに、必死に自分を偽り、耐えていた美羽……。
それに、耐えられなくなった時、美羽はどうしたか?
美羽は、私に助けられた。
美羽は、私がいたからこそ、死の誘惑を断ち切った。
じゃあ、私は?
美羽には、私がいた。
私にも、美羽がいる……。
「行けない」
「……え?」
「私は、行けない!」
母の顔から、笑みが消えた。
「お母さんの事、嫌いになったの?」
その言葉は、何よりも、私の心を揺さぶった。
しかし、私の決心はそんなに弱くない。
「違う。お母さんの事は、大好きよ。
でも、だからこそ、お母さんにもらった、大切な命だよ?大事にしないといけないじゃない……」
母は、しばらく哀しそうな顔をしていたが、やがてふっと笑った。
自然な笑みだ。
「わかったわ……あなたの人生だものね。
あなたは、自由に、あなたが思うように、生きてちょうだい、真衣。
私も、見守ってるわよ……」
そういうと同時に、母の体、いや鏡が、眩しく発光を始めた。
「え、何!?」
私は眩しさで手を覆った。
《最後に、あなたにせめてもの償いをするわ。あなたを残していった、償いを……》
私の体を、光が包み込んだ。
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気がつくと、私は霊魂神殿の入り口に倒れていた。
「うっ……」
私が起き上がったとき、遠くから私を呼ぶ声がした。
「真衣!」
それは、美羽だった。
「ここにいたんだね?心配したんだよ?」
「ありがとう、美羽……」
私の目から、一筋のしずくが零れ落ちた。
「え!?なんで泣いてるの!?」
美羽は事情を知らず、ただ戸惑っている。
「私は、美羽のおかげで、今ここにいるんだよ……ね?」
「うん……あたしもだよ☆」
こうして、私たちはお互いの友情を深め、第四の魔境へと出発した。
美羽も真衣と同じように不時着し、どこにいるかわからなかったが、不思議な声が聞こえたので、その声に従って進むと真衣に会えたという。
きっと、母が、美羽を呼び寄せてくれたのだろうと、真衣はどこにいるかわからない、しかし確かにいる母に感謝した。
しかし、心の底で考えているのは、夢人の事だった。