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「ななのそよかぜ」

 第2章 メイド喫茶

 第18話

 <前編>
 いろいろな事があったオリエンテーション合宿の翌日、日曜日。
 そう、言うまでもなく休日である。
 大半を省略されたオリエンテーションで最も出番の少なかった実紗は、自分の家の玄関で、今まさに出かけようと靴を履いている最中だった。
「……実紗、本当に大丈夫なの?
 合宿から帰ってきたばっかりでしょ、休んだらどうなの?」
 が心配そうに娘を気遣った。
 ちなみに今は4月12日の午前9時だ。
 だからどうというわけでもないが。
「平気よ。
 それに、休むと困るのはお母さんもでしょ?」
「そうだけど……でも、やっぱり心配よ。
 それに、何か嫌な予感がするし……」
「気のせいよ。じゃ、行ってきます」
 実紗は水色の手提げを引っつかんで、玄関の扉を開けて出て行った。
「気をつけてねー!」
 扉が閉まる最後の一瞬まで手を振り続けている母をほんの少し鬱陶しく思いながら、実紗は庭に置いてある自転車のスタンドを蹴って、その自転車にまたがった。
 一番近い駅までは実紗のような女子のスピードでも自転車で5分ほどしかかからない。
 すぐに駅に着いた実紗は、自転車を駐輪場に停めると携帯電話をかざして改札を通った。テクノロジーの勝利である。何に勝ったかは知らないが。
 実紗は電車で二駅ほど殺風景な窓の外を眺めながら移動し、乗り換えて一駅無機質な携帯電話の画面を眺めながら移動した。
 そして駅を出た実紗は、駅前のそれなりに賑やかなロータリーの中の一際目立つ店の、それなりに静かな裏口に回った。
 赤い極太のマジックで「従業員専用」と乱暴に書かれたわら半紙が貼ってある裏口の扉を開けて中に入ると、実紗は手提げの中からとある服を取り出した。
 黒と白のシンプルな色調のエプロンドレスと真っ白なカチューシャ、そして水色のブローチ。
 それは、本来は貴婦人と付き人を区別するために必要とされた衣装であり、19世紀後半に……。
 ……という説明も煩わしいので一言で定義しよう。
 メイド服、である。

 <後編>
 実紗は取り出したメイド服を床に置くと、何のためらいもなく着ていた服を脱ぎだした。
 4月上旬とはいえ少し肌寒かったので、薄手のパーカーを羽織ってきていた実紗は、まずそれを素早く取ると、床にばさっと広げたまま置いた。
 中から現れた長袖のシャツも、実紗は何のためらいもなく脱ぎ捨てた。白い下着があらわになる。
 メイド服は通常、ワンピースの上にエプロンをつけたエプロンドレスになっている。
 そして、ワンピースというのは上下が一体化した洋服の事である。
 つまり、一旦上下どちらも脱がなくては着る事ができないのである。
 というわけで、実紗はスカートもすぐにホックを外し、思いきり下ろした。
 実紗の、どこかの金髪ツインテールお嬢様やどこかの炎髪フレイムヘイズやどこかの虚無のピンク髪魔法使い(すべて中の人は同じ)と違ってそれなりに凹凸のある下着姿が露となった。
 すでにここに来て2ヶ月ほどになるのに、今さらながら部屋に置いてある鏡の前に立った実紗は、改めて自分が今やっている事のおかしさを思い知らされた。
 ほんのりと頬が紅くなってきたので、実紗は急いでメイド服を着た。
 脱いだ後の洋服は、水色の手提げにたたんで入れておいた。

 実紗はこのように、毎週日曜日にメイド喫茶に来て、アルバイトをしている。
 なぜこんな事をしているかというと、話は半年前に遡る。
 実紗の父親は一流のトレーダーで、堅実にいろんな会社に投資してかなりの利益を出し、それだけで家族3人を養えるほどの腕前の持ち主だった。
 実紗がスキーに行ったりといろいろな経験をしていたのは、この父親の収入のおかげであった。
 ところが、半年前……米国発の金融危機が世界を襲った。
 いくら実力派のトレーダーと言ってもそこまで予測できるはずもなく、実紗の父親は大損害を被ってしまった。
 そしてその結果、実紗はこうしてメイド喫茶で働く事になったわけである。
 なぜここをバイト先に決めたかというと、ここは時給もそれなりに高く、何よりやりがいがありそうだったからだ。
 ちなみに実紗は年齢を偽っている。
 13歳の中ではそれなりに背が高く大人びている実紗は、「背の低い高校生」といえばそれなりに信じてもらえるのだった。



 第19話

<前編>
 実紗がメイド服に着替えて店内に入ると、すでに5人のメイドさんが店内の掃除を始めていた。
「あぁ、やっと来たね。
 大丈夫よ、遅刻ではないから」
 店長の香苗は実紗に声をかけた後、店内に響き渡るようにメガホンを使って話し始めた。
「えっと……今日も頑張ろうねー!」
 そのあまりに単純かつ適当な挨拶に、店内に笑いが起こった。
「あ、それから、今日は新しい子が入ってます。
 先週の火曜日から何回か来てたんだけど、初対面の子もいるだろうから、自己紹介をしてもらうわ。
 千夏ちゃん、入って」
 入ってきたのは、髪を桜色のカチューシャで留めた女子高生だった。
「千夏といいます。よろしくお願いします」
 そういって千夏は軽く頭を下げた。
「千夏ちゃんはここに来る前にもメイドとして働いてたことがあるみたいだから、手取り足取り教える必要はないわ。
 でも、お客さんがたくさん来るのは今日が初めてだから、そうねぇ……実紗ちゃん、今日一日この子と一緒に接客してちょうだい」
「え!? でも、私もまだここに来て半年くらいですよ?」
「十分よ。別に教えろとは言ってないわ。千夏ちゃんは賢そうだから、あなたの動きを見てれば理解できるはずよ」
 実紗はまだ何か言いたそうにしていたが、香苗は会話を打ち切った。
「あとは……あ、そうそう。
 明日の午後に仕事が入ってるのって誰だっけ?」
 千夏、実紗などの4人が手を挙げた。
 ちなみに現在ここで働いているのは全部で15人ほどで、そのうち平日は4~5人、休日は10人ほどが店に出ている。
 もちろん、学生など平日は全く来れない、という人も多い。
 千夏がこの月曜日に入っているのは、入学式が終わった直後に香苗に月曜が短縮であると伝えたからである。
「ごめんね~。この日、急な用事が入っちゃって、特別に休みになっちゃったの。
 だから、月曜の仕事はなし!」
 あまりに突然な発表だったが、香苗はこれ以上この件に何か言うつもりはないらしかった。
「じゃあ、今日の仕事スタート!
 ……えっと……今日も頑張ろうねー!!」
 香苗はこう挨拶を使い回して、パンパンと手を叩いて仕事に戻るように指示した。


<後編>
 そして、店内の掃除や道具の点検などをしてお客さんを迎え入れる準備を完了したメイド喫茶「Mirror」は、午前10時、ついに開店した。
「おかえりなさいませご主人様~♪」
 きゃるーんという書き文字が背景に出そうな雰囲気で明るく接待に励む10人ほどのメイドたち。
 隣に普通の喫茶店があるにも関わらず、男性客の95%がこちらに来るというあたり日本の未来が少々不安になるが、実紗は悲しくなるのでそこらへんについてはあまり考えないようにしていた。

 メイド喫茶に限らず全ての喫茶店……いや、全ての飲食店が一番混雑する昼食時を過ぎた『ミラー』は、メイドの人数が客の人数を上回るようになった。
 こうなると、当然暇なメイドが多くなるわけで、実紗と千夏もその暇なメイドに含まれていた。
「暇ね~」
「そうですね」
 暇になると、雑談くらいしかすることがない。
「千夏さんは何でここに?」
「そうですね……。
 簡単に言うと、生活費です」
「生活費!?
 それって、アルバイトなんかじゃ足りないんじゃ……」
「いえ、そこまでお金が足りないわけではないのですよ。
 それに、この仕事には慣れていますので」
「メイドの仕事に慣れてる?
 もともとはどこにいたの?」
「関西の方でメイドの仕事をしておりました」
「ふうん……。
 にしても、ぜんぜん人来ないわね~……」
「ええ。
 もうすぐ私の知り合いが来られると思うのですが……」
「知り合い?
 知り合いにこんなところで働いてること教えちゃって大丈夫なの??」
「ええ。
 あの方は寛容ですので」
(……あの方?)
 実紗が不思議に思っていると、店の扉が開いた。
「おかえりなさいませご主人様~!」
 暇だった実紗が入り口へ駆けて行き、そして……卒倒しそうになった。
「ん? ってあっ! 実紗!!
 何でこんなところで……」
「しーっ!!」
 実紗が口を押さえた相手は……そよ風中の仲間である、智衣だった。



 第20話
 <前編>

「お願いですから、この事は学校の皆さんには言わないでくださいね……?」
 実紗が哀願した。
「わかっとるって。
 さすがにこれは冗談では済まへんからな」
 智衣が言ったが、実紗はまだ不安そうだった。
 労働法違反に年齢詐称に校則違反だなんて、私立校でバレたら即退学になってもおかしくないほどの問題の山である。実紗が心配になるのも当然のことと言える。
 ちなみに、実紗は香苗に休みをもらって隣の喫茶店に来ていた。
 もちろん、千夏と智衣も一緒である。
「……ところで、千夏さんと智衣さんってどういう関係なんですか?」
「え? それは……」
 智衣が言葉に詰まっていると、千夏が代わりに答えた。
「私は智衣様の専属メイドです」
「へぇ、そうなんですか……ってえぇっ!?
 メイド!? 専属!?!?」
「しっ! うるさいわ。
 千夏も余計なこと言うな。私が速攻でグレートかつビューティフルかつアグレッシブな嘘を考えよう思っとったのに」
「……とりあえず外来語並べてるだけですよね……。
 というか、どうしてメイドさんがいるんですか? しかも専属だなんて」
「しゃーないなぁ、今さら嘘ついてもばれるに決まっとるし。
 ウチ、本当は関西人やねん」
「それはわかります」
 そこに関しては何の驚きもなかった。
 というか違ったら衝撃である。
「しかも、その家が関西有数の名家。
 いわゆる大金持ちっちゅうやつやったんや」
「そうなんですか!?
 そしたら家にしゃべるホワイトタイガー猫がいたり飛行機を貸し切ったり人が来ない遊園地を一般解放したり船を沈まされたり殺し屋に狙われまくったりするんですか!?」
「そこまでやない。つーか後半3つ失礼やろ。
 金持ち言うてもそんな現実離れしたもんやないで?」
「じゃあ遊園地とかはないんですか?」
「いや、まぁそれはあるけど」
「殺し屋に狙われた事は」
「3回しかないわ」
 十分現実離れしている気がしたが、それ以上は突っ込まないことにした。
「ふうん……。
 あれ、でもじゃあ何でメイドさんがこんなとこで働いてるんですか?」
「あぁ、それはな」
 智衣は当然のように答えた。
「ウチが家出してきたからや」




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