「デスティニー・ダークネス」
デスティニー・ダークネス (3)
Overcome Destiny!
T nightmare
序章 ドラドル
モルディスの中で一番発展しているのが、ドラドルだった。
ここは、王国ではあるものの、王様にはそれほどの権限がなく、基本的には各都市から1人ずつ選び出された10人の代表者による会議によって政治が行われていた。
ドラドルがその武力と財力と科学力で他の国を牽制する事で、モルディスではある程度の秩序と、平和が保たれていた。
しかし、表面上は発展しているドラドルこそが、モルディスで最初に『暗闇』が訪れた都市だった……。
第1章 未来
「……でも、それはあなたが決めた事でしょう?私には関係ありません」
暗いテントの中で、女性が静かに告げた。
「しかし、あなたがこんな未来を予知していればこんな事にはならなかったはずなのに!」
テーブルを挟んで向かい側に座る男が声を荒らげた。
「──私は責任を取りません。さあ、もうお帰りください」
彼女は身じろぎもせずそう言った。
男は最後にその女性を睨みつけると、そのまま荒々しく帰っていった。
「……見通せてたけど、それを言った所で……」
彼女の名はルーラ。
未来を見通す力を持つ、特殊能力者だ。
この世界で言うエスパー……というほどではない。
相手と眼を合わせる事で、「相手が未来に見るかもしれない光景」を垣間見る事ができるのだ。
未来というのは捕らえにくいもので、未来は1つではない。
未来にはいくつかの可能性があって、その未来に関わるものたちのとった行動やその時の思いなどによってそのうちの1つが選ばれるのだ。
もちろんその中には、その人が予想だにしない可能性も含まれていて、(例えばその家の周辺に大地震が起こって家を失う、など)可能性はほぼ無限にあると言える。
もちろん、突き詰めていけば結果はいくつかしかないのだが……。
そして、ルーラたち占い師のできる仕事は、その可能性のうちの1つを見て(または感じて)、それを伝えたり、アドバイスしたりする事だ。
とはいえ、ルーラが感謝される事はほとんどなかった。
ルーラに相談して失敗した人は、大抵ルーラの責任にする。
さっきの人は、転職するかどうか迷っていて、ルーラが転職を勧めた結果、その会社が倒産したという、とても不幸な人だった。
ルーラはそういう未来も見ていたが、現状では満足していないと見抜いたため、そうならないことを祈って転職を勧めたのだった。
そして、ルーラに相談して成功した人は、ルーラの事なんて忘れてしまう。
ルーラにお礼を言いにきた人は、300人以上を見たのにわずか10人ほどだった。
それでも、この能力を活かすほかに、ルーラの考えられる道なんて思いつかなかった。
明日は、ルーラの月に2回しかない休日だった。
というか、そのはずだった。
相談の依頼を受けたのだ。
長く話したいので、定休日に会いたいというのだ。
さすがに断れないので、嫌々ながらもルーラはあってみることにした。
その判断は、間違っていたのだろうか?
ルーラは、今でも、悩む事があった。
もし、あそこで断っていたら……。
こんな運命に巻き込まれる事はなかったかもしれないのに……。
第2章 相談
その日、朝からルーラはその人を待っていた。
どんな人なのかは、全くわからなかった。
メールで依頼を受けた上に、そこには相手のことは何にも書かれていなかったからだ。
「……相手の情報は、名前しか知らないからな……」
相手の名前は、ナナ。
おそらく女性だろうが、それ以上の事はわからない。
少しして、ナナは現れた。
女性かと思っていたが、小さな女の子だった。
「あ……えーと……あなたがナナ?」
「そうだよ」
「私はルーラ。よろしく」
「よろしく!」
その感嘆符を聞き取った時、ルーラは何となく思った。
この子とは、気が合わなさそうだな。
「で、何であなたは相談に?」
「実は、少し前から悪夢を見るようになったの。すごく怖い夢で……それで、ルーラのところに相談に着たんだけど……」
悪夢は、心理的な恐怖やストレスから生まれるもの……だったはず。ということは、この子は?
「……あの……あなたは学校でいじめられたりされてる?」
「ううん、全然」
「……そうだと思ったわ。……じゃあ、何か嫌な事とかは?」
「何にも無いよ?」
少し考えて、ルーラは聞いてみた。
「それは……どんな夢?」
「えーと……何か、暗いところに一人ぼっちになってて、そこにすっごく暗い影が出てきて、何か訳のわかんない事を言ってる……」
「それは、怖いの?」
「よくわかんないけど、怖さを感じさせる、って感じかな……」
何か嫌な予感がしたので、ルーラはナナの未来を見てみることにした。
「ねえ、ナナ……私と眼を合わせて」
「いいよ」
そこで、ルーラは真っすぐにルーラを見つめるナナの眼を覗き込んだ。
──暗い世界──一人ぼっち──何かの影─────────────あれ?
そこで突然視界が真っ暗になった。
「何にも見えない……?」
こんな事は、今まで経験した事がなかった。
途中で視界が遮られるなんて。
「ナナ……私の事真っすぐ見てる?」
「うん」
この子は……心を開いていない?
いや、まさか。ルーラの予知には、心を開いているかどうかなんて関係ない。
眼を合わせているかどうか。それだけだ。
それだけのはずなのに……。
「やっぱり見えないわ。……でも今日はもう遅いし……じゃあ、来週また来てくれる?」
「もちろん!」
……やっぱり、この子とは気が合わなそうだ。
ルーラはそう思った。
第3章 謎の死
ナナが訪れた次の日。ルーラはテレビを見ていて、驚いた。
『たった今入ったニュースです。昨夜、ラドルである夫妻が心中を図った模様です。夫妻には女児がいたようで、帰宅した娘が2人の遺体を発見しました。発見された時にはすでに2人はすでに亡くなっていたようです』
そういって、その女児が映し出された。
それは、ナナだった。
話は聞けなかったらしく、顔にモザイクをかけた写真のみ公表されていた。
しかし、その服は、間違いなく昨日着ていた服だった。
「行ってみよう……」
ルーラはナナに聞いた電話番号を元にインターネットで地図をプリントして、急いでテントに〈臨時休業のお知らせ〉と書かれた紙を貼り、リニアモーターカーに乗ってナナの家へと向かった。
ナナは親戚の人に掴まれて駄々をこねていた。
どうやらナナは親戚の人に引き取られるらしいが、ナナは嫌がっているようだ。
ナナがルーラを見つけて叫んだ。
「あたし、ルーラと一緒に暮らしたい!」
伯母と伯父らしき人物が驚いて話し合っている。
「あの方は誰だ?」
ルーラが進み出て、名乗った。
「私の名前はルーラです。占い師をやっていて、ナナと1度カウンセリングをしました」
「1度だけか?」
「はい」
ナナはルーラにしがみついている。
「でも、こんな他人がナナを引き取ってくれるわけが……」
「別にいいですよ」
ルーラは平静を装って言った。
しかし、内心ではなんでこんな事を言ったのか、自分を不思議に思っていた。
「しかし……やはり私たちが引き取った方が……」
「いや!」
とはいえ、さすがに赤の他人であるルーラに任せられるわけがなく、伯母と伯父が引き取る事になった。
ところが……数日後に、その伯母と伯父までも死んでしまったのだ。
どちらも急な発作だったらしい。
ほぼ同時で、こんな偶然がありえるのか、と思われたが、可能性でいえばゼロではない。
当然ながら、ナナは疫病神のような存在とされ、他の親戚は気味悪がって引き取ろうとしなかった。
そこで、結局ナナの希望通り、ルーラが引き取る事になってしまった。
真夜中になると、ナナは必ずといっていいほどうなされていた。
そこで、ルーラはカウンセリングを再開した。
しかし、ナナの未来は一向に見えず、いつも影が現れた所で霧がかってしまう。
「じゃあ……ナナ、一緒にドルティスクの遺跡に行かない?そこでなら、きっとあなたの未来を見る事ができると思うわ」
ドルティスクはラドルの端にある古代遺跡の集合地だった。
ラドルといってもかなり広く、ラドルの端っこはラティスに近く、古代文明の残る部分だった。
そこでなら、占い師など古代の魔力を利用する者はその力を使いやすくなるという噂があった。
「うん、行きたい!」
ルーラは、ナナがただの旅行にしか考えていないような気もしたが、何か手がかりがつかめるかもしれないので、そこへ行ってみることにした。
第4章 遺跡
ドルティスクの不思議な光景……それは、感動してもおかしくないような景色だった。
自然の中に、文明があり、文明の中に、自然がある。そんな感じだった。
遺跡の壁画といい、周りの森といい、どれも不思議な魅力に満ちた光景だった。
「ここ?」
「いいえ、私たちの力が高まるのはあの森の中心よ」
そういって、ルーラはナナを連れて森へと入った。
当然の事だが、中心がそう簡単にわかるわけがなかった。
魔力の高まりを頼りに中心を探す予定だったが、いつの間にか中心を外れているようだった。
ナナは、森の中だとウサギやサルなどの様々な小動物に会えるため、楽しんでいたが。
そして、ルーラがいい加減この森を出たいと思っていた頃、2人はやっと森を抜けられた。
というか、そう思ったのだが……。
「あれ?ここどこ?」
森を抜けると、そこには街ではなく、この世の果てに繋がっているのではないかというような、暗くて小さな洞窟の入り口があった。
「えっと……たぶん違うよね?ここ。さあ、引き返そうよ……」
ナナは一刻も早くこの闇から離れたいらしい。
あの悪夢がよみがえったのかもしれない、とルーラは思った。
しかし、ルーラはナナの都合に合わせることはできなかった。
「……ここだわ」
「え?」
「ここには、魔力が満ち溢れてる。間違いないわ。ここでなら、あなたの未来も見れるかも……」
そういって、ルーラはずんずん中に入っていった。
「……出ようよ〜……」
ナナは最後にもう一度頼んだが、諦めてなかへと入った。
おそらく、好奇心もそそられたのだろう。
洞窟の奥へと進んでいくにつれ、魔力が高まっていくのをルーラは感じていた。
「そろそろかしら……」
そういって、ルーラは再びナナと眼を合わせた。
沈黙の時間が流れる。
ルーラの目の前に、何度も見た、あの光景がまた現れた。
──暗い世界──一人ぼっち──何かの影─────────────────────────────その影がナナを取り巻く──ナナがその影へと近づく────そして、ナナは──────────。
第5章 通路
「──ルーラ。ルーラ……」
遠くから微かにルーラを呼ぶ声がする。
「ルーラ……?」
いや、違う。
遠くじゃない。
すぐ近くだ。
しかも、この声は……。
「ルーラ!」
突然の大声で、ルーラは目を覚ました。
「あ、ナナか……」
どうりでさっきの声に聞き覚えがあったわけだ。
「ナナか……じゃないでしょ?突然気絶しちゃって、1時間くらいこのままだったのに……」
「え?1時間も??」
という事は、1時間もナナの未来を見ていたのだろうか。
でも、全くナナの未来の記憶がない。
「で、どうだった?何か見えた?」
「見えたことには、見えたんだけど……覚えてないの……」
ルーラは、ナナががっかりするかと思った。しかし……。
「あ、そう」
ナナは、意外にもあっけなくスルーした。
そしてナナは、さらに意外な事を言った。
「それよりさ、この先まで行ってみない?」
「え?でも……」
「行ってみようよ!」
ナナはここを怖がっていたんじゃないの?
そう聞きたかったが、ルーラもこの隠れた洞窟の先に何があるのか純粋に気になったので、行ってみることにした。
薄暗い通路を、引き返したりしながらも進んでいくと、大きな広間に繋がっていた。
「………」
何も無い空間なのに、そこにはただならぬ荘厳な空気があった。
「出ましょう……ここが最深部よ。もうこの先には何も無いわ」
ルーラが止めたが、ナナは認めなかった。
「絶対にこの先に何かあるんだから、ここで帰ったらもったいないよ」
駆け出したナナを放っておくわけにも行かず、ルーラもその無の空間を突っ走った。
何も無い空間、と思っていたが、その空間の奥には謎の言葉が刻んであった。
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「どういう意味なのかな?」
「さあ……」
ルーラもわからない言葉だった。
「ひょっとして、この壁自体がパズルかなんかになってるんじゃないの??」
そういって、ナナが壁に触れた。その時だった──。
第6章 吸引
「きゃあ!」
突然ナナが悲鳴をあげた。
ルーラは驚いてナナの方を見た。
ナナが壁に呑まれようとしていた。
まるで、壁が水でできているかのように。
そして、水の裏側から誰かが引っ張っているかのように。
ルーラは何が起こっているのかよくわからなかったが、ナナが危険である事だけは直感的にわかった。
急いでナナを引っ張ったが、全く動かず、逆にぐいぐい引っ張られた。
ナナは抵抗する術もなく、ただルーラに任せている。
ルーラの力では到底及ばなかったが、それでも全身の力を込めてナナを取り返そうとしていた。
その時……不意にナナがルーラの方を見た。
そして……またルーラの前に、あの光景が現れた。
──暗い世界──一人ぼっち──何かの影─────────────────────────────その影がナナを取り巻く──ナナがその影へと近づく────そして、ナナは──────────消えた。
U times
第7章 消失
ナナが、あの洞窟で消えてから2年……。
あの光景が消えた時、すでにナナはいなくなっていた。
眼のつながりが無くなった。というより、眼そのものがナナの体とともに消えたのだろう。
ルーラも恐る恐る壁に触れたが、何も起こらなかった。
何も起こらないはずの壁で、ナナは消えていた。
ルーラは、すぐにその洞窟を抜け、占いのテントをたたんだ。
ラドルの図書館に行ったり、権威者に会ったりして、ナナの事を探し、あの洞窟の秘密を探ったが、全く手ごたえは無かった。
そこで、ルーラは、広大な領土を持つドラドルの各地を回って、あの洞窟について調べる事にした。
ドラドルだけでなく、ラティスやギガレズ、クレイアやラフィマなどまで行って、その洞窟の謎について調べたが、一向にわからなかった。
そうこうしているうちに、モルディスでは2年の時が経ったのだった。
第8章 ゼイア
久々に戻ってきた首都ラドルは、見違えるような美しさだった。
ルーラのいない2年間で、ラドルは今まで以上の発展を見せ、整然とした未来都市となっていた。
高層ビルが立ち並び、360度どこを見ても人と機械しかない街。
──今、占いなんか始めても、きっと売れないだろうな。
ルーラはそう思った。
科学が極まった都市に、まやかしはいらないだろうから。
ここに戻ってきた第一の理由、それはもうドラドルのほとんどの街を見尽くした事だ。
しかし、もう1つある。それは、文明の進んだラドルならまた新たな発見がなされたかもしれない、と思ったことだった。
そして、2年前から変わらずラドルの古代文明調査の第一人者である、ゼイアに会うことにした。
ゼイアの研究所の玄関のチャイムを押すと、中から若い太ったおじさんが出てきた。
「君は誰だね?」
「私の名前はルーラです。2年前に1度お会いしました」
「ああ……確か……あの遺跡近くで不思議な洞窟を発見した、といっていた方だね?」
「はい」
「実はな……君が去った後、私は仲間の研究者を集めて遺跡周辺の大々的な調査を行ったんだ。衛星写真で細かく見たりもした。しかし……何も見つからなかった」
「……それはつまり……」
君が嘘をついているとは言っていないぞ、とゼイアが制した。
「この事については、2つの意見がある。
1つは、君が何か幻覚を見た、という意見だ。
そしてもう1つは……君が見た洞窟は、古代の力で守られているという意見だ」
「古代の力……?」
「君は未来が見える。そうだね?」
「ええ。そうですけど……」
「それは、君に古代の魔力が宿っているという証だ。 ──つまり、あの洞窟は普段は古代の力で姿を隠し、見つからないようにしている。しかし、君の魔力に反応して姿を表した……そういう意見だ」
「………」
「正しいかどうかはわからないが、君が洞窟を見たのが事実だとすれば……」
「事実です!でなければ、ナナはどうして──」
「わかっている。わかっているよ」
声を荒らげるルーラを、ゼイアが必死に諌めた。
「そうであるとすれば、第2の説はかなり信憑性がある。君が魔力を持っているのは事実なんだからね」
「……だとしたら……ナナはどこへ……」
「それが一番の謎なんだ。
たとえば、その洞窟に古代の力が宿っているとすれば、いくらでも可能性は考えられる。
例えば、古代の世界と繋がっているとか……」
「つまり……タイムトラベル??」
「ああ。しかも、もし仮にそうだとすれば、第3の説が浮かび上がる。
存在すら疑われる洞窟で消えたという事は、過去で何かが起こっている可能性がある。例えば、ナナが過去で何かを引き起こし、それが原因であの洞窟が消滅したとか……」
「そんな……!」
愕然とするルーラを、ゼイアがなだめた。
「まあまあ。そうと決まったわけじゃない。
もし運がよければ、古代遺跡で消えたのではなく、君が意識を失っている間に地下の迷路かなんかに行っただけ、と言う事もありえる。ただ、それはそれで、食料がないかもしれんが……」
落ち込むルーラに、ゼイアはこういった。
「とりあえず、もう1度あの洞窟へ行ってみたらどうかね?何か新しい発見があるかもしれない」
「……わかりました。もう1度、あの洞窟に行ってみます」
第9章 近況
研究所を去ろうとするルーラに、ゼイアはこういった。
「そういえば……君は聞いたかね?クレイアとギガレズの連携騒ぎ」
「何ですか?それ」
聞いたことが無かった。ラドルへ向かう間、2ヶ月ほどずっとほとんど休まずに旅を続けていたからだ。
「クレイアとギガレズが、〈ラドル平和条約〉の破棄を求めてきたんだ」
ラドル平和条約は、ギガレズのクレイア侵攻がドラドルの介入によって終わった10年前に、ラドルで結ばれた条約だった。
モルディス内の全ての国が参加したこの条約により、モルディス内での戦争・紛争は全面的に禁止された。
異世界からの攻撃に備えて兵器の保持は許されたものの、それをモルディス内の他国に向かって使用した場合は、全ての国がその攻撃をした国を攻撃する権利を得られるというものだった。
わかりにくいので例を挙げると、ギガレズがクレイアを攻撃したとする。
その瞬間、ドラドルやラティスなどの国はすべて、ギガレズを公式に攻撃する事ができるのだ。
モルディス全体を相手にするだけの力がドラドル以外の国にあるわけもなく、この平和条約はかなりの効力を発揮し、それから10年間は平和が続いていた。
「そんな……平和条約を破棄するってことは……」
「ああ、事実上の宣戦布告だね。
しかも、ドラドルや他の国がそれを拒否すると、2国は〈モルディス連盟〉からの脱退を表明したんだ。条約破棄の申し入れの1週間後には、2国はすでにモルディスの一員ではなくなっていた」
モルディス連盟は、モルディス全体に関わる事を取りしきり、強い権力を持つ組織で、これに加盟した国だけがモルディスに存在すると認められる。
当然、全ての国が加盟していたわけだが……。
「それは……何のために……」
「さあ。それはわからないね。
しかし、この2国はモルディス連盟を脱退した後、別の連盟を作って、モルディス連盟からの完全な独立を表明した。
1つの世界に、2つのグループ。
対立は必至だね」
「……もし、ギガレズとクレイアが攻めてきたら、ドラドルは……?」
ルーラが期待を込めてゼイアを見たが、ゼイアはあまりいい顔はしなかった。
「そりゃ、兵力も財力もドラドルの方が格段上。
人数で行けばギガレズがかなり多いが、ドラドルとラティスが手を組めば十分モルディス加盟国を護れるだろうね……」
ドラドルは科学、ラティスは古代文明を信仰しているため、基本的に両国はあまり接触が無かった。
しかし、ひとたびこの二国が手を組めば……科学と魔術が組み合わされば、かなりの強さを発揮できる……というのがドラドル国民の意見だった。
「ただし、それはあちら側も予想しているだろうね。
それも考えた上で脱退したのだから、何か作戦があるんだろう」
ゼイアの厳しい意見に、ルーラは黙ってしまった。
「でも……」
ルーラは何か言おうとしたが、ゼイアが止めた。
「君が集中すべきなのは、あの女の子を助ける事。
この国の事は、政府が決めてくれる」
ルーラは、納得して、帰っていった。
ナナを助けるため、あの洞窟へ乗り込むのだ。
第10章 再来
ルーラは、一晩ニュースを見ながら荷物を用意していた。
迷路だった場合を考えて、懐中電灯や食料、一組のトランシーバーなどをリュックに入れた。
ニュースでは、やはりクレイアとギガレズのことが話題になっていた。
ギガレズはともかく、ドラドルとの友好関係……というかドラドルに助けられていたクレイアが一方的に関係を断ち切るのは、どう考えてもおかしい。
それには何かしらのわけがあるのだろう、と言われ、その「何かしらのわけ」が各チャンネルで議論されていた。
〈ギガレズは、一国ではドラドルに太刀打ちできないため、クレイアを味方につけた。クレイアは、ギガレズの圧力に負けてギガレズ側についた〉
というのが主な説だった。
しかし、中にはこんな説もあった。
〈クレイアがドラドルのご機嫌取りがムダであると感じたため、ドラドルに不満のあったギガレズとともに独立に踏み切った〉
〈ギガレズとクレイアが、突然ドラドルに対抗し始めたのは、ギガレズやクレイアの意志ではなく、何らかの強大な組織がギガレズ・クレイア両政府を操って対立に導いた〉
〈ギガレズとクレイアは、独立する事でドラドルが禁止していた異世界への接触や貿易などを進めようとした〉
など、様々な推測・憶測がなされていた。
そんな中、ルーラはあの洞窟へと出発した。
その日は、ちょうどナナがいなくなってから2年が経った日だった。
リスやウサギなどの小動物でにぎわうその森は、一見すれば何の変哲もないただの森だった。
しかし、魔力の高まりだけを信じて進むと、その森はただの森ではなく、魔法使いを導く聖なる森だと思えてくる。
ルーラは、30分ほどで、あの洞窟を発見した。
「……ここが、ナナの消えた場所……」
あの悲劇がよみがえる。
「まさか、そんな事無いわ」
ルーラは、大げさに首を振り、深呼吸すると──洞窟へと足を踏み入れた。
2年も前のことなので、覚えているわけがない。
ルーラは、何度も道に迷い、壁しかない小穴に何度も出た。
進んでいくにつれ、明るさを失う洞窟に、ルーラはぼそっと呟いた。
「あの時と違って、1人なのよね」
よく考えたら、今はルーラ1人、孤独に暗い洞窟を進んでいる。
それは、意識すればかなりの恐怖を伴うものだった。
「でも、ここは魔力で護られてる。怖いものはない……」
ルーラはそう自分に言い聞かせ、洞窟をどんどん進んでいった。
そして、あの細い通路。
そこを抜けると、ついに──。
荘厳な広間が、2年という時を全く感じさせない強さでそこに存在していた。
この奥に、あの壁画がある。そして、その先には……。
ルーラは、一歩一歩を踏みしめるように、奥へ奥へと進んでいった。
第11章 壁画の謎
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この文章は、やはり2年経っても変わらず謎のままだった。
「これは、解けないわよね……」
そういって、ゆっくりと息を呑んだ。
目の前の壁画に触れる事で、何が起きるのだろうか……。
今なら引き返せる。
ルーラに悪の声が語りかけてくる。
でも、それはナナを見捨てることにもなる。
いや、ナナを見捨てることにしかならない。
2年もの間、ずっとこの洞窟の事を調べていたのに、その努力をムダにしていいのか?
ルーラは自分に問いかけた。
そして、結論は出た。
ナナを見捨てるわけにはいかない。
たとえここに触れることで死んだとしても、ナナを見捨てたという罪悪感に苛まれたまま生きていくよりはましだ。
ルーラは意を決して、壁画に触れた──。
その瞬間、ルーラに強い力がかかった。
強い力で、壁画はルーラを引っ張ってくる。
予想していたとはいえ、予想を遥かに上回る強さに、ルーラは衝撃を受けた。
それでも、懸命に逆らった。
本能のままに。
この状態で、無抵抗になどなれるわけがない。
無意識のうちに、体が、心が、危険を感じているのに、抵抗しないという選択肢があるわけがない。
しかし、やはり抵抗は無駄だった。
ルーラは、その力に勝てず、壁画に吸い込まれた。
後に残るのは、謎の文章と、壁画だけだった。
第12章 闇の世界
気がつくと、ルーラは、暗い世界にいた。
いや、暗いどころではない。
暗闇も暗闇、真っ暗闇だった。
周りには、まるで真っ黒の霧がかかっているかのように、闇しかない。
一寸先は闇。
いや、一寸あるかどうかわからない。
それくらい、闇しかなかった。
闇の中を、慎重に進んでいくと、何かの気配を感じた。
目ではなく、耳でもない。
第六感とでも言うべきなのだろうか。
本能が、魔力が、何かの気配を感じ取った。
ルーラは本能のままに走った。
そこには……縛り付けられている少女の姿があった。
それは、紛れも無く、2年前に消えた、あの少女──。
ナナだった。
ナナは、ロープで手足を縛られ、目にも目隠しをされ、口も猿ぐつわで塞がれていた。
何もわからないまま、ナナはもがいていた。
「……ナナ……?」
ルーラは、ゆっくりと、ナナに呼びかけた。
ナナは暴れるのをやめた。
ルーラが猿ぐつわと目隠しを取り、ロープをほどいた。
「ルーラ?」
ナナは、無我夢中でルーラに抱きついた。
2人は、再会の喜びを噛みしめていた。
「ナナ……心配したんだよ……2年もこんなところで……」
その言葉に、突然ナナが身を固くして、ルーラから離れた。
「……え…2年?」
「うん、そうだよ……」
「……でも……まだ……4時間しか……経ってないよ……?」
ルーラがナナの腕時計を見た。
日にちまで表示されるそのデジタル時計は、確かにナナが消えてから4時間、それも2年前の時刻を示していた。
「何で……?確かに2年経ったわよ、モルディスでは」
「じゃあ……ここはモルディスじゃない、って事??」
2人は黙り込んだ。
ルーラは確かに2年間、いろいろな物を見聞きし、いろいろな事を経験した。
しかし、ナナは4時間しか経験していないという……。
「と……とりあえず!」
ナナが大声を上げた。
「ここから出ない?」
「ええ、いいわよ」
ルーラは、再び直感的にナナの手を取ってずんずんと進んでいった。
何がおきているのかもわからないし、ここがどこかもわからないけど、今はただモルディスへ戻ることしか考えていない。
しばらく進むと、謎の穴があった。
「さっきは気づかなかったけど……ここから来たのかな、私たち」
ルーラがナナに聞いてみたが、ナナは全くわからないという。
「でも、とりあえず入ってみたら?」
ナナがそう提案した。
確かに、このままでは何もおきないし、穴とはいえそこまで底は深くなさそうだ。
「じゃあ、いくよ……1、2の……3!」
ルーラはナナの手を握り締めて、穴へと飛び込んだ。
穴は、1メートルほどしかなかった。
すぐに2人は地面についた。
ほっとした──その時だった。
地面は、あの壁画のように2人を強く引っ張ってきた。
「きゃあっ!」
2人はなすすべなく、穴に吸い込まれていった。
第13章 20分
気がつくと、ルーラはあの壁画の前に倒れこんでいた。
隣には、ナナもいる。
「ナナ!」
ルーラは急いでナナの元に駆け寄り、激しく揺さぶった。
しかし、硬い石の床の上に頭を擦り付けられたら、かなりの痛みがあるという事を、ルーラは完全に忘れていた。
「痛い!」
ナナはすぐに起き上がった。
そして、ルーラを見て、それから自分の周りを見た。
「……ここは……あの洞窟……?」
ナナが問いかけた。いや、呟いたといったほうが正しいかもしれない。
「そうよ。たぶん……」
そういいつつ、ルーラもしきりにあたりを見回した。
あの謎の文章、壁画──。
おそらく、あの広間と見て間違いないだろう。
「さあ、出ましょう……」
ルーラはナナの手を取り、ゆっくりと薄暗い洞窟を出て行った。
洞窟を出ると、そこにはやはり前と変わらない森があった。
ただ1つだけ違うのは、静かという事だ。
「あれ?でも、ラドルは“ウィンガー”の音でうるさいはずじゃ……?」
ウィンガーは、車と飛行機の合体したような、車に羽が生えたような乗り物だった。
ラドル付近の都市では一般化しており、一家に一台はこの乗り物を所有していた。
まあ、今の地球人が未来を描く時、必ず出てくるようなもの、とでもいえばいいかもしれない。
とにかく、2人は怪しい静けさの中、森を抜けた。
そこには、見慣れない光景が広がっていた。
「何これ……」
2人は呆然とした。
未来都市という言葉がこれほど似合わない都市があるのか、というくらい様変わりしていた。
今にも崩れそうなビルに、荒れ果てた公園。
屋根が吹き飛ばされた痕跡のある家さえもあった。
そして、路上には、いろいろな人の……死体。
それは、もはや人ではなかった。
あたりに飛び散る血、無残な遺体。
生きている人もいるが、それらは皆何かの労働をしていた。
機械は一台もなく、あるとすれば監視しているかのように動き回るロボット。
白い洗練されたデザインのそのロボットの手には、紅く染まったナイフが握られている。
そこには、もはや、かつての未来都市ラドルの姿は無かった……。
第7章 =2ヶ月
ロボットに見つかるとまずいと思った2人は、森の中に隠れて話をしていた。
さっきの光景。
夢ではなかった。
夢であって欲しい……。
「あ!」
ルーラがそんな事を取りとめも無く考えていると、ナナが突然声を上げた。
「何?」
「わかったよ……何でたった20分の間に、あんな事になってたのか」
「え?」
ナナは、1度浅く息を吸い、そして話し出した。
「あたしが4時間だと思っていたのは、この世界では2年だったよね?」
「ええ、そうよ。それがどうかしたの?」
「だったら、あの世界での20分は、この世界ではもっともっと長い時間だったんじゃないの?」
「そうか!」
確かに、あの世界とモルディスは時間の流れが違うのだろう。
「待って……計算してみる」
4時間=2年という事は、1時間=6ヶ月。
という事は、その3分の1だから……。
「2ヶ月!?」
ルーラが驚いた。
単純計算なら、そうなる。
「2ヶ月か……でも、何であんな事が?」
その時、ルーラはある話を思い出した。
《クレイアとギガレズが、〈ラドル平和条約〉の破棄を求めてきたんだ》
《事実上の宣戦布告だね》
そう、ゼイアの言葉だ。
「──クレイアとギガレズか……」
あの2国が攻めてきた。
それなら、今の状況もわかる。
おそらく、ドラドル王国はギガレズとクレイアと戦って、負けたんだろう。
それも、2ヶ月で決着がついたというのなら、かなりの惨敗だったのだろう。
そして、モルディス連盟からの脱退を余儀なくされたドラドルは、完全にギガレズとクレイアの下につき、そこでかつての繁栄は完全に失われたのだろう。
「どういうこと?」
全く話がわからないナナに、ルーラはゼイアの話のこと、推論などを全て伝えた。
「……でも、ドラドルの事だから、どっかに反対勢力があるんじゃない?」
ナナが言った。
確かにそれはそうだろう。
ドラドルのような大国が、全く抵抗しないわけがない。
負けたからといって、全員がすぐに下につくなど、考えられない。
つまり……。
「そういう反対勢力を探して、協力すればいいのね!?」
2人は、森を抜け、ラドルに入った。
これから何をするかは、もう決まっている。
2人は、ドラドルを取り戻すため、動き始めた。
同じ様に動き出している2人組がいるなどとは、夢にも思わずに──。
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